[本の森 ホラー・ミステリ]『鵜頭川村事件』櫛木理宇/『火のないところに煙は』芦沢央/『はるか』宿野かほる

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[本の森 ホラー・ミステリ]『鵜頭川村事件』櫛木理宇/『火のないところに煙は』芦沢央/『はるか』宿野かほる

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

 櫛木理宇『鵜頭川村事件(うずかわむらじけん)』(文藝春秋)に圧倒された。

 舞台は一九七九年六月のX県鵜頭川村。岩森明は、幼い娘の愛子を連れて亡き妻の墓参りのためにこの村を訪れていた。長雨に包まれていた村は、さらなる豪雨で発生した土砂崩れによって孤立してしまう。そんな状況下で、ある若者の死体が発見された。村の有力者の息子の犯行が疑われるも、うやむやなまま幕引きが図られ、村に息苦しさが立ちこめる。その村に異物として取り残された岩森と愛子は、村が歪み、秩序が壊れていく様を目撃することになる。従来の上下関係が崩れ、大人たちは二派に分かれ、自警団を結成した若者たちが第三勢力として己の力に酔う。降り続ける雨のなか、壊れた村は、更に死者を生み、岩森と愛子の命をも脅かし始める……。

 男尊女卑が当然。土建の仕事の力で村の秩序が決まる。そんな一昔前の閉鎖的な村を舞台装置として活用し、櫛木理宇は、圧倒的な迫力のパニック・サスペンスを完成させた。力への陶酔、殺さねば殺されるという恐怖、日頃の恨み。それらがお互いを触媒として密閉された環境のなかで増殖し、正気が失われていく様を、読者にも当事者意識を持たせながら著者は描いた。それ故に読み手は、村の混乱を己の体験として感じることになる。人が人でなくなっていく姿を、隣人の、友人の、肉親の、あるいは自分自身の出来事として、脳は受け止めるのだ。なんたる迫力。それに加えて、フィジカルな描写も生々しい。斧が腕に食い込み、トラバサミが足首をとらえる。そんな肉弾戦の刺激も圧倒的だ。さらに終盤では、この事態が発生したメカニズムも解き明かされ、人の心の歪みを更にもう一段階深く思い知らされる。途中に挟み込まれるWikipedia風の客観描写も、コントラストとして村の状況のおぞましさを際立たせる。四百頁ほどの長篇だが、超重量級の一冊。年間ベスト級の衝撃だ。

 芦沢央『火のないところに煙は』(新潮社)は、実話怪談集という体裁の一冊。収録された短篇の各々は、怪談として素直に怖い。ふとした弾みでよからぬ非日常に足を踏み入れてしまう恐怖が、読み手の心臓をぎゅっと掴むのだ。そのうえで、ミステリ作家としての著者の技巧を活かした衝撃も備わっている。そして両者が交わって、さらに新たな恐怖が立ち上る。絶品だ。

 昨年『ルビンの壺が割れた』で衝撃的なデビューを果たした宿野かほるの新作が、『はるか』(新潮社)だ。若くして亡くなった妻を想い、彼女のデータを徹底学習したAIを誕生させた男がいた。人と機械は交流し、その後、男の後妻を巻き込んで不穏な状況が生じる……。様々なロマンスとサスペンスを演出し、結末まで一気に読ませる腕力はさすが。今回もまた愉しめた。

新潮社 小説新潮
2018年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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