[本の森 医療・介護]『人間に向いてない』黒澤いづみ/『その医用画像、異論あり』東将吾

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人間に向いてない

『人間に向いてない』

著者
黒澤, いづみ
出版社
講談社
ISBN
9784065117583
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

その医用画像、異論あり

『その医用画像、異論あり』

著者
東, 将吾, 1958-
出版社
ダイヤモンド社
ISBN
9784478105177
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 医療・介護]『人間に向いてない』黒澤いづみ/『その医用画像、異論あり』東将吾

[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)

 第57回メフィスト賞受賞の黒澤いづみは「年齢性別不詳」という覆面作家。どんな人なのか、非常に気になっている。受賞作『人間に向いてない』(講談社)は、ある日、一夜のうちに人間を異形の姿にしてしまうという病に罹った子どもをその親たち、そして社会はどう受け入れるか、という物語である。

 数年前から突如として発生した奇病、それが「異形性変異症候群」、別名ミュータント・シンドロームだ。感染症ではないが治療法はなく不治の病だと思われる。異形になってしまうのは十代後半から二十代の若者で、引きこもりやニートなど、社会的に弱い立場の者ばかりだ。変わってしまった姿は哺乳類から魚類、爬虫類、昆虫、果ては植物、となんでもありで、見た目ははっきり言ってグロテスクであった。

 その醜悪な姿を家族は嫌悪し、世話を放棄する者があとを絶たず、結果的に殺してしまうケースが多数報告された。そこで政府は、この診断が下された段階でその患者は死亡したことにする、と決定した。

 田無美晴の二十二歳の一人息子、優一も引きこもりであった。ある日、優一は虫に変身する。中型犬ほどの大きさで蟻のように頑丈そうな顎を持ち、頭部から下は芋虫に似ており、ムカデのように無数の脚を持っている。体は美晴がボストンバッグに詰め込んで持ち運べるほど軽くなった。

 医師から診断を受けた美晴の夫、勲夫はすぐに死亡届を出そうとする。だがそれを受け入れない美晴は優一を手元に置き、そのまま暮らそうとする。同じ病気の子どもをもつ親たちと連帯を図ろうとし、事あるごとに優一を亡き者にしようとする夫と闘い続ける。果たして母親の愛はどこまで息子に通じているのか。

 親は子に無償の愛を注ぎ続けられるのか。現実でさえ、引きこもりや暴力、発達障害などの子どもに死んでほしいと願う親はいる。社会のなかで最弱になってしまった者を守るのは何か。大きな問題を突きつけられた思いがする。

 東将吾『その医用画像、異論あり』(ダイヤモンド社)はひとりの診療放射線技師の成長と、X線検査からCTスキャン、MRIと発展してきた画像診断技術の歴史を辿った小説だ。

 一九八一年、参田衆三は診療放射線技師として広島の公立病院に勤務している。病院の中での地位は低く「写真屋さん」などと呼ばれてしまう。やがてコンピュータ断層撮影(CT)が開発され、画像を読影する必要を感じた衆三はその技術に磨きをかけるようになっていく。

 独立し、画像診断の技術開発を手掛け始めた衆三だが、海外の技術や薬が使えない、いわゆるドラッグラグに直面する。それを正すためには政界に出るしかない。決意は固かったが道は険しい。

 人の命の差は運次第で、生きると死ぬは紙一重であるといえる。誰もが同じ権利を持てるように奮闘する男の物語だ。

新潮社 小説新潮
2018年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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