進化の仮説を痛みに耐えて検証

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進化の仮説を痛みに耐えて検証

[レビュアー] 鈴木裕也(ライター)

 二〇年ほど前に流行した、鼻毛を抜いた時の痛さを「1ハナゲ」とする痛さの単位が認定されたという都市伝説を思い出してしまった。本書でも虫刺されの痛さを数値化した「シュミット指数」が示されるが、これはイグ・ノーベル賞を受賞した生物学者、ジャスティン・O・シュミットの大マジメな研究成果である。

 痛みとは主観的なもので、刺された場所によって、人によって感覚は異なる。そのため、痛みを数値化することは極めて困難とされている。しかし、このシュミット指数の信憑性は高い、というか信じざるをえない。何しろシュミット先生自身が実験台になり、積極的に蜂や蟻に刺された体験に基づいた数値だからだ。何と真摯な実験態度だろう!

 痛みの等級は四段階。世界中どこにでもいて多くの人が刺された経験があるセイヨウミツバチに刺された痛さが、基準となる「レベル2」。最近、日本に侵入し、刺されると火傷をしたような強い痛みを感じるとされるヒアリは「レベル1」に過ぎない。毎年、夏から秋にかけて多くの被害者を出すスズメバチでさえ「レベル2」。これまで百種以上の昆虫に刺されてきたシュミット先生が、刺されたら最も痛い昆虫と認定したのが中南米に生息するサシハリアリで、痛み指数は最大の「レベル4」。「かかとに三寸釘が刺さったまま、燃え盛る炭の上を歩いているような」痛みだという。

 こうした痛みの指標化を進めていく体験談はもちろん掛け値なしに面白い。だが、本書の真骨頂は別のところにある。昆虫毒の研究者として、著者がエネルギー経済という視点から立てた仮説と、それを検証していく過程で説明される昆虫の生態だ。

 その仮説とは、大型哺乳類が栄養満点の幼虫や卵を捕食の対象とする場合、得られるものが少ない単独性の種より、集団でコロニーを作る社会性の種を狙ったほうが効率はいい。これを昆虫の立場から考えると、守るべきものが大きい社会性の種のほうが刺されると痛い毒針と強い毒液を進化させたのではないかというもの。この仮説を実証するために、著者は自らの体を犠牲にして検証していく。そしてその仮説はほぼ正しかった。この検証過程で述べられる毒針昆虫たちの生態も昆虫愛に満ち溢れ、実に生き生きとしている。

 つい笑ってしまったのは、痛さ指数最大のサシハリアリをオオヒキガエルに食べさせてみる実験の描写だ。サシハリアリを飲み込んだカエルは飲み込まれたサシハリアリに刺され、しゃっくりをするように身をよじらせ、目を突き出すように喘ぎながらも、九匹連続で食べたという。科学の面白さと、進化の不思議を楽しみながら味わうには、もってこいの一冊だった。

新潮社 新潮45
2018年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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