戦国豊後を舞台に人間ドラマを正攻法で描く、直球の歴史小説!――赤神諒『大友の聖将』

レビュー

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大友の聖将

『大友の聖将』

著者
赤神諒 [著]
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758413268
発売日
2018/07/12
価格
1,836円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

戦国豊後を舞台に人間ドラマを正攻法で描く、直球の歴史小説!

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

 第九回日経小説大賞を受賞した、赤神諒の『大友二階崩れ』が、評判を呼んでいる。単行本の売れ行きも好調であり、順調に版を重ねていると聞いた。新人のデビュー作が注目されるのは、よくある話だが、なぜここまで人気を集めたのだろう。大きく分けて、ふたつの理由が考えられる。

 ひとつは、題材の面白さだ。扱われているのは、戦国の九州は豊後の大友家で起きた、お家騒動である。大友家の当主の義鑑が、愛妾の子を世継ぎにしようと、長子の義鎮(後の大友宗麟)の廃嫡を画策。これにより大友家は二派に割れ、襲撃された義鑑たちが死に、義鎮が新たな当主となった。一連の騒動は、襲撃場所が大友館の二階だったことから“二階崩れの変”と呼ばれている。高橋直樹の短篇など、このお家騒動を描いた小説もあるが、作品数は極めて少ない。もしかしたら長篇は本書が初めてかもしれない。そうした希少な題材であったことが、歴史小説ファンや戦国時代ファンの興味を掻き立てたのであろう。

 そしてもうひとつの理由が、物語の持つ正攻法の強さだ。大友家のために“義”を貫こうとする吉弘鑑理と、妻や子供への“愛”を守り抜こうとする鑑広。大友家に仕える吉弘兄弟の姿を活写しながら、作者は大友家の戦国を、真正面から描き切ったのである。歴史小説の肝は人間ドラマだと見据え、ブレることなく組み立てられたストーリーは、正攻法の力強さを獲得していた。ガッチリとした歴史小説を読みたいという人の気持ちを?んだのは、当然のことなのである。そしてそのふたつの魅力ポイントは、第二長篇となる『大友の聖将』にも、しっかりと受け継がれているのだ。

 物語は、豊薩戦争の最終局面から始まる。長きにわたり争ってきた、大友家と薩摩の島津家。豊後の雄だった大友家は、しかし負け戦が続き、滅亡の危機に瀕している。そんな大友家を守護しているのが、天徳寺リイノ(礼能)だ。敬虔なキリシタンであるリイノは、遊撃隊として何度も局地的勝利を収め、大友家の滅亡を防いでいた。

 という現状を詳らかにした後、ストーリーはリイノがまだ柴田治右衛門と呼ばれていた、約二十年前に巻き戻る。大友宗麟の近習であり、主君の正妻である奈多夫人にも気に入られている治右衛門。しかし彼は、宗麟の側室のマリアとひそかに愛し合っていた。幼い頃に母と弟を失い、野伏に加わって人を殺してきた治右衛門は、自分の力しか信じない、悪鬼のような男である。マリアを手に入れるために、キリシタンの振りもした。とはいえ、そうして愛し合うようになったマリアといるときだけは、人間に戻ることができたのだ。奈多夫人や宗麟の思惑が絡まり、イエズス会のイスパニア人司祭コスメ・デ・トルレスのいる聖堂に火を付けることになった治右衛門は、これを奇貨として、マリアを連れて逃亡することを決意する。

 天徳寺リイノ(一般には、柴田礼能と表記されることが多い)は、大友家に実在した武将である。ヘラクレスと呼ばれていたのも本当だ。ただし戦国武将としては、マイナーもいいところである。少なくとも私は、この人物を主人公にした歴史小説を読んだ記憶がない。二階崩れの変に続き、またもや戦国の大友家から、稀なる題材を掘り起こしたのだ。

 しかも作者は、リイノの前半生が不詳であることを活用し、恐るべきキャラクターを創出した。我執に満ちた愛でマリアを求める治右衛門は、自分を慕う者を殺し、キリシタンの聖堂を灰にしてでも、彼女を連れ去ろうとする。まさに悪鬼の所業であろう。大友家の複雑な状況を踏まえながら、治右衛門が悪行を重ねる部分は、悪漢小説のごとき読み味であった。

 だが、本書のテーマは、ここからが本番だ。マリアを連れて逃げようとした治右衛門は、この一件によって、激しい体験をする。その過程で、何人もの彼を導く人と出会い、ついには敬虔な信仰心を獲得するのだ。治右衛門を兄とも慕う、敬虔な信徒の久三。治右衛門の武芸と学問の師である冨来太郎兵衛。異国での布教に人生を捧げたイスパニア人司祭コスメ・デ・トルレス。大友家最高の将である戸次鑑連(立花道雪)。大友館の牢番をしながら、フランキ砲の研究をしている武宮武蔵……。治右衛門の心を変えていく、彼らとのエピソードを、作者は積み重ねていく。だから治右衛門の回心を、感動と共に受け入れることができるのだ。

 ここまで書けば明白だが、本書は仏教でいうところの悪人正機の物語である。キリスト教文化圏によく見られる、悪人が改心する物語でもある。ヴィクトル・ユーゴーの『レ・ミゼラブル』など、この題材を使った小説も多い。それを作者は、戦国の大友家の武将を通じて、真っ直ぐに表現してのけた。物語の持つ正攻法の力を、再び披露してくれたのだ。なお余談になるが、『レ・ミゼラブル』の主人公ジャン・バルジャンも、リイノと同じく怪力の持ち主である。

 さて、ここから物語は冒頭に戻り、宗麟たちの籠城した丹生島城(臼杵城)を巡る、攻防戦へと突入する。過去のあれこれを生かした展開の妙、聖将となったリイノに対する宗麟の妬心、若い世代の視点、迫力満点の戦など、読みどころは満載だ。

 もちろん、拙い部分もあるが、作者はまだデビューしたての新人。これからどんどん小説技法も上達していくはずだ。作者の成長を信じて、あえて指摘しておく。

 その一方で、新たな可能性も見えた。たとえば、大友家の若い世代である吉岡甚吉を描いたところだ。ここに、「大友は勝ちに見放されていた。甚吉たちはひとつ前の世代が大友を弱体化させたつけを払わされてきた」という一文があるではないか。作者が生まれたのは一九七二年。バブル崩壊後の時代に、社会に羽ばたいたことになる。だとすれば、バブル崩壊のつけによる社会の低迷により、さまざまな苦労を味わったはずだ。この一文には、そのような自身の思いが込められているのではなかろうか。こうした視点も、今後の作品で生かされていくはずだ。

『大友二階崩れ』『大友の聖将』と、二冊続けて大友家を取り上げた作者は、戦国の豊後というホームグラウンドを入手した。歴史小説家としては、大変な強みである。これからも書かれるであろう大友家の物語で、どこまでバラエティに富んだ作品が生まれるのか。今から楽しみでならない。

角川春樹事務所 ランティエ
2018年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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