感動秘話で終わらない 戦争で失われた「甲子園」の物語

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夏空白花

『夏空白花』

著者
須賀 しのぶ [著]
出版社
ポプラ社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784591159521
発売日
2018/07/25
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

戦争で失われた“甲子園” 復活に燃えた男の物語

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 今年で第100回を迎える全国高校野球選手権大会。公共放送が試合を中継し、球場の名前である“甲子園”が通称になるほど多くの人に親しまれ、学生スポーツのなかでは屈指の人気を誇る。十代の限られた時期にしか立てない、球児の夢の舞台に、こんな歴史があったとは知らなかった。須賀しのぶの『夏空白花』は、戦争によって失われた甲子園が復活するまでの物語だ。夢の甲子園の陰の一面も描き、ただ気持ちよく読者を泣かせてくれる感動秘話で終わらないところがいい。

 まず主人公で新聞記者の神住(かすみ)が、元甲子園球児なのに〈野球は愉快だが、そこまでたいしたものではない〉と思っている男なのである。戦時中は軍部の言いなりになって紙の爆弾としての新聞を作り、敗戦後は平気で米軍の美談を取り上げた記事を書く。目的も矜持もない彼が甲子園の復活に挑むのは、アメリカ人と日本人がともに好む野球の大会を成功させて、存続が危ぶまれる会社と居場所がなくなりそうな自分を救うため。それでも大会の実現に向けて奔走するうちに情熱はよみがえってくるが、球場は米軍に接収され、ボールすら満足に手に入らない。野球が新生日本の希望になるというスタンスも関係者に批判される。

 特に安斎という写真部員の〈なぜ未熟な少年たちのプレーこそが日本野球だと言うんだ?〉〈体を壊すほど必死にプレーする彼らを見て、それを感動という言葉に置き換えるあんたたちが、俺は時々怖くてならない〉という指摘は痛烈だ。現代の甲子園をめぐる状況にもそのまま当てはまるのではないか。

 著者は日本野球をこよなく愛しているが、その弱点から目をそらさない。日本という国の過去を断罪せず、擁護することもなく、史実をできるかぎり冷徹に見て希望を模索する。終盤に描かれる奇跡の試合、夏空に咲く美しい白い花は、フェアネスを重んじる精神から生まれているのだ。

新潮社 週刊新潮
2018年8月9日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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