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19世紀のシカゴ万博を下敷きに描く時代SF
[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)
コロンブスのアメリカ大陸発見400周年を記念して、シカゴで万国博覧会が開かれたのは1893年のこと。ミシガン湖畔の会場には、全高80・4メートルを誇る世界初の機械式観覧車(一度に2160人が乗れたという)や、宇治平等院鳳凰堂を模した日本館「鳳凰殿」が建設された。こうした史実を下敷きに、思う存分、空想の翼を広げたのが、文庫オリジナルで出た乾緑郎(いぬいろくろう)の最新長篇『機巧のイヴ 新世界覚醒篇』。
作中の日本は日下國(くさかのくに)と呼ばれ、鳳凰殿にかわって、天府(江戸/東京)から移築された巨大遊郭・十三層がそそり立つ。最上階には、翌年開催されるゴダム(シカゴ)万博の目玉として、人間そっくりの精緻な機巧人形・伊武が展示される予定だった。私立探偵・日向丈一郎は、古巣のニュータイド探偵社(ピンカートン探偵社)から、この女性型アンドロイドを盗み出せとの依頼を受けるが……。
というわけでこれは、時代SFの傑作『機巧のイヴ』(新潮文庫)の続篇。ただし、前作から100年ほど経っているので、共通するキャラクターは伊武だけだし、ストーリーは独立している。ロボットSF要素と伝奇ミステリ要素が前面に出ていた前作に対して、今回はスチームパンク色の強い冒険サスペンス仕立て。後半はおもちゃ箱をひっくり返したようなアクションがくり広げられる。
同じ架空歴史ものでも、戦前・戦中の日本を下敷きにエログロギャグの限りを尽くすのが、飴村行(あめむらこう)『粘膜人間』(角川ホラー文庫)に始まる粘膜シリーズ。この世界の東南アジアには日本が占領したアムールなる小国があり、トカゲそっくりの頭部を持つ爬虫人(ヘルビノ)が住む。5月に出た『粘膜探偵』(同)は、シリーズ6年ぶり(長篇としては8年ぶり4作目)の新作。特別少年警邏隊(トッケー)に入隊した軍国少年を探偵役に、保険金殺人をめぐるミステリっぽく進むが、もちろん普通の探偵小説では終わらない。このシリーズでももっとも凶悪な生物グズルウがその正体を現したとき、読者は腰を抜かすことになる。茫然。