『聖と俗 分断と架橋の美術史』 宮下規久朗著

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聖と俗 : 分断と架橋の美術史

『聖と俗 : 分断と架橋の美術史』

著者
宮下 規久朗 [著]
出版社
岩波書店
ISBN
9784000612524
価格
3,672円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『聖と俗 分断と架橋の美術史』 宮下規久朗著

[レビュアー] 宮下志朗(仏文学者・放送大特任教授)

信仰と民衆芸術の融合

 著者はカラヴァッジョ研究で知られる俊才。宗教改革以後、美術では聖俗の分断が生じたかに思われがちだが、やがて両者は深部で融合し、刺激しあって豊穣(ほうじょう)さへと向かうという視座を起点に、現代美術(アンディ・ウォーホル)や日本の民衆芸術にも筆が及ぶ。

 レオナルドは「文化の辺境」ミラノの画家で、その影響力はラファエロやミケランジェロほど大きくないのですよと釘(くぎ)をさしてから、でもロンバルディア地方に限定すればといって、ミラノ生まれのカラヴァッジョへと至る微妙な連鎖をたどる手さばきの見事さよ(「レオナルドの鉱脈」)。ローマ教皇の「聖性」の表象であったバロックの装飾様式が、「血縁主義」によって一族郎党に広がり、やがて国王という世俗権力者の「神格化」の表象としてヴェルサイユ宮殿に移植されるプロセスも面白い。

 だが、読み甲斐(がい)があるのは日本美術に関する部分。「発酵するイコン」では、「かくれキリシタン」の「お掛け絵」という「民衆的な図像」が主題。この絵は「隠された神」であり、ふだんは「ご隠居様」としてしまっているが、新たに描き直す(「お洗濯する」)のはなぜか。土俗的に変容した図像は「かくれキリシタン」という「特殊な民俗宗教」の産物で、「複雑に屈曲した歴史を背負い、重層的な要素を宿した民衆芸術」との評価に賛成だ。

 終章「供養と奉納」は、夭折(ようせつ)した著者の娘へのレクイエム。供養や奉納の図像を求めて、山形県(「ムカサリ」絵馬)や南ドイツに詣で、アメリカの「喪中画」を論じる。そういえばカラヴァッジョの代表作は《ロレートの聖母》ではないか。かつて、この有名な巡礼地ロレートを訪れたモンテーニュは、「聖母の家」に家族像を奉納し、娘の足元に「ひとり娘レオノーラ」と刻ませた。それまでの五人の娘のうち、次女だけが生き残ったのだ。死を悼む供養、生に感謝する奉納、真摯(しんし)な祈りの形を深く思う。

 ◇みやした・きくろう=1963年、名古屋市生まれ。美術史家、神戸大教授。著書に『カラヴァッジョ』など。

 岩波書店 3400円

読売新聞
2018年8月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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