縄田一男「私が選んだベスト5」 夏休みお薦めガイド
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
『星夜航行』は、徳川家康に弓を引いた逆臣を父に持つ主人公が、家康の嫡男・三郎信康の切腹、更には豊臣秀吉の朝鮮出兵という歴史の波に翻弄される。作者は徳富蘇峰の『近世日本国民史「朝鮮役」上・中・下』を巧みに用い、主人公が秀吉に否を突きつける「降倭隊(こうわたい)」へ転じるさまを活写。作品の題名は、星は常に正しい位置にあり人々を導くもの―決してブレることのない主人公の生きざまを示している。『天地に燦(さん)たり』も朝鮮出兵を扱った作品。こちらは、島津家の歴戦の猛将、日本軍来たるの混乱に乗じ、自分の身分から抜け出すことに成功する朝鮮の被差別民、琉球国の密偵として二人に関わる男の三つの視点から描いている。そして三人が様々なかたちで関わるのが儒学の「礼」であり、これが本作のテーマだ。作者は、人は真に天命に叶う存在であり得るか、それとも禽獣でしかないのかを私たちに問うている。
赤松利市は、六十二歳、住所不定、無職のまま、大藪春彦新人賞を受賞。その賞金で家を借り、第一長篇『鯖』を執筆。「海の雑賀衆(さいかしゅう)」と呼ばれていた一本釣りの荒くれ漁師たちのもとに、耳を疑うようなビッグビジネスが持ち込まれる。が、それは同時に地獄の釜のフタをあけるのと同じ行為だった―。この夏いちばんの衝撃作であり、各出版社はただちに赤松利市をマークせよ!
『インジョーカー』は『アウトバーン』等で夫の死の真相を暴くため、あらゆるダーティな手段も厭わず、上野署の権力抗争図まで塗り替えてしまった女刑事八神瑛子が登場。ベトナム人、ネパール人が起こした暴力団絡みの事件に挑戦。感情を排したこの文体こそハードボイルド。
『飛行船月光号殺人事件 謎ニモマケズ』は、宮沢賢治を探偵役にした折目正しい探偵小説。力作。