腸は「第二の脳」

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腸と脳

『腸と脳』

著者
エムラン・メイヤー [著]/高橋 洋 [訳]
出版社
紀伊國屋書店出版部
ジャンル
自然科学/自然科学総記
ISBN
9784314011570
発売日
2018/06/28
価格
2,420円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

腸は「第二の脳」

[レビュアー] 鈴木裕也(ライター)

 摂取した食物を分解し、栄養素と水分を吸収し、余ったものを排出する。誰もが知っている消化のプロセスを、脳や脊髄の命令ではなく、腸が独自で判断し実行しているということは本書を読むまで知らなかった。そんなことができるのは、腸がただの消化器官ではなく、五〇〇〇万~一億の神経細胞を有する神経系でもあるからである。「第二の脳」と呼ばれるのもそのためだ。腸ってすごい!

 さらに驚くのは、腸と脳の間にはバイパスのような太い神経ケーブルがあり、情報のやり取りをしていることだ。腸が作り出す大量の神経伝達物質やホルモンも脳との情報交換のツールになる。

 消化・吸収のほか、腸は病原菌や異物と戦う免疫系の本拠地として機能するので、情報量も膨大なものになる。これらの情報は、すべて脳に伝達され、「内臓感覚」として脳のデータベースに蓄積される。このデータをもとに、脳は「何を食べるか」「誰と付き合うか」「仕事でどんな判断を下すか」を決めているという。

 脳が腸に影響を与えるという逆の流れもある。ストレスや緊張によって胃が痛くなったり腹具合を悪くしたりした経験は誰にでもあるだろう。このように、腸と脳は二四時間休むことなく「会話」を続け、影響し合っているという。人間の体ってすごい!

 この腸と脳の会話に関わってくる重要なファクターが腸内微生物だ。彼らは、腸だけでは消化できない食物成分の消化を助け、栄養素を合成し、毒素や病原菌の侵入や増殖を防止するなど人体にとって有益な多くのことを担っている。ただしそれは腸内微生物のバランスが健全な状態であればこそ。腸内微生物のバランスが崩れれば、現代人を悩ます過敏性腸症候群、うつや不安障害、自閉症スペクトラム障害、アルツハイマー病やパーキンソン病などを引き起こす可能性があることが丁寧に説明されている。

 胃腸病学者の著者が診察した症例として、八年間嘔吐に悩まされ続ける男性と浣腸依存といってもいい便秘と抑うつ症状を抱えた女性が紹介される。著者は、腸と脳、腸内微生物の関わりを正常に戻すことで症状の緩和に成功している。

 腸と脳の会話に大きな影響を与えるのは食物だ。都市生活者のアメリカ的日常食が腸と脳の会話に悪影響を及ぼす仕組みについても述べられているので、ダイエットや腸活に興味があるならここだけを読んでみてもよいだろう。

 本書を読了して、後悔の念が強まった。最近、胃潰瘍の治療でピロリ菌除去をしてしまったのだ。抗生物質で私の腸内微生物は壊滅状態になってしまったはずだ。体内の会話を円滑にして心と体の健康を保つために、しばらくは腸内微生物に優しい食生活を心がけなければなるまい。

新潮社 新潮45
2018年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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