『選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子』
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選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子 河合香織 著
[レビュアー] 秋山千佳(ジャーナリスト)
◆社会の課題、皆が当事者
旧優生保護法の障害者差別が問題視されて一九九六年に改正された現在の母体保護法は、胎児の障害を理由にした中絶を認めていない。だが胎児の染色体異常を調べる羊水検査で異常があると診断された妊婦のうち、九割近くが中絶を選択しているという現実がある。こうした手術はグレーゾーンとなっているのだ。
本書の核となるのは、医師が羊水検査の結果を見落としたことでダウン症の子を産むことになった女性だ。医師と医院を提訴するが、その過程で初めて、自分が現実と法律の狭間(はざま)に落ちたことを知る。相談した弁護士からは障害者団体を敵に回す覚悟はあるのかと言われ、親身だったはずの人も離れていく。著者は、孤立し苦しむ女性の裁判を追い、心を通わせていく。
取材の出発点には、著者自身が妊娠時、ダウン症の疑いを告げられ、羊水検査を受けるか悩んだ経験があった。当事者になれば「命は平等」という美辞麗句では片付けられない問題に向き合うため、著者はこの裁判の女性だけでなく、ダウン症の子と暮らす家族や里親、疲弊する医療関係者など、異なる立場にある人たちに話を聞いていく。
目次には各章二行ずつの要約がついている。目を通したら読み進める楽しみが損なわれないかと案じたが、杞憂(きゆう)だった。最終章ではダウン症の女性が「赤ちゃんがかわいそう。そして一番かわいそうなのは、赤ちゃんを亡くしたお母さんです」と語る。本書の肝の一言だが、その真意は要約だけではわからないし、著者とともに様々な当事者の重みある言葉に触れていってこそ、最後に胸を打たれる。
先ごろ、国会議員が同性カップルをめぐり「子どもをつくらない、つまり『生産性』がない」と主張したことに批判の声が上がった。民意を拠(よ)り所とする政治家がこんな発言をする社会的背景と、本書が描き出すことは根底でつながっている。本書はこの社会が放置してきたものを詳(つまび)らかにし、出産を控えた人や医療関係者だけでなく、すべての人が当事者として考えるべき問題を示しているのだ。
(文芸春秋・1836円)
1974年生まれ。ノンフィクション作家。著書『セックスボランティア』など。
◆もう1冊
河合蘭著『出生前診断 出産ジャーナリストが見つめた現状と未来』(朝日新書)