『公園へ行かないか? 火曜日に』
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不得手な英語を使う環境にあえて身を置いた体験を小説に
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
言葉を表現の手段として選んだ作家が、苦手な英語を使わざるをえない環境にあえて身を置く。いくら聞き逃さないように必死で耳を傾けてもぼろぼろこぼれ落ちていくものがあり、だからこそ記憶の網に残って小説の中に再現される細部はひときわ輝くようである。
著者は二〇一六年秋、アイオワ大学のIWP(インターナショナル・ライティング・プログラム)に参加、アメリカに三カ月滞在した。IWPには世界中から作家や詩人、脚本家らが集まり、日本からも過去に中上健次や水村美苗らが滞在して文章に残している。
同時期に集まったのは二十代から六十代まで、三十三カ国の三十七人。共通するのは「writer」という属性だけで、英語を母語としない人も多い。年齢や立場によらず、ファーストネームで呼び合う「今までに体験したことのない関係性」を著者が新鮮に受けとめ、面白がっているのがよくわかる。
SNSのアプリを使った参加者どうしのやりとりにもうまく入れないし、イベントはいつもちょっとした冒険になる。それでも著者は、公園までの散歩やホラー映画の上映会などの機会をとらえて、さまざまな背景を持つ参加者との会話を試みる。自分とかわされた相手の言葉について考え、自分の内側にある言葉についてもゆっくり思いをめぐらせ続ける。
とうもろこし畑で飛び立つ七面鳥の影も、ニューオーリンズの第二次世界大戦博物館も、著者は自分らしいフレームでアメリカのいまを切り取って読者に示す。二〇一六年というのは大統領選のあった年で、著者はわざわざ滞在を延ばし、トランプ大統領誕生の歴史的瞬間をニューヨークで見届けているのだが、旅のクライマックスにあたるできごとについて、「日本にいてたとえばCNNで中継を見ていたとして、それとなにが違うのだろう」とさらりと書くところもまた面白く感じた。