【文庫双六】SFアンソロジーの名手「中村融」珠玉の一冊――野崎歓

レビュー

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街角の書店

『街角の書店』

著者
フレドリック・ブラウン [著]/シャーリイ・ジャクスン [著]/中村融 [編集]
出版社
東京創元社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784488555047
発売日
2015/05/29
価格
1,015円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

SFアンソロジーの名手「中村融」珠玉の一冊

[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)

【文庫双六】日下三蔵が見せる結城昌治の世界――北上次郎
https://www.bookbang.jp/review/article/556937

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 アンソロジーの効能は時として絶大だ。たとえばいにしえの創元推理文庫、『怪奇小説傑作集』(全5巻、今なお現役)のおかげでその道に引き込まれたという友人が二人いる。平井呈一や澁澤龍彦が腕を振るった逸品ぞろいの集成だった。

 ぼくの場合は何といっても堀口大學『月下の一群』にやられた。これまた今も読み継がれるフランス詩の名アンソロジーである。

 最近ちょくちょくお世話になっているのが中村融(とおる)編集によるSFアンソロジーの数々だ。贔屓作家の作品が含まれていること、そしてあの作家にこんな短篇が、と一驚するようなものが仕込まれていること。これがまず手に取るときの基本条件だろう。本書に関しては、フレドリック・ブラウンやイーヴリン・ウォーの参加で第一条件はクリア。第二条件を満たすのはスタインベックの「M街七番地の出来事」なる奇想短篇。パリを舞台とし、サルトルの名がちらりと出てくる。不条理なナンセンス物に仕上がっていてびっくりだ。

 そしてラストに置かれた表題作がじつにいい味わいなのである。作者ネルスン・ボンドは稀覯本ディーラーをやっていた過去のあるSF作家とのこと。登場するのは文豪たちのだれも聞いたことのない稀覯本をそろえた古書店だ。新作を書きあぐねていた作家がふらりと店内に入ると、そこには何と! ……これ以上明かすわけにいかないが、物書き稼業の諸賢には涙なくして読めない素晴らしい短篇である。

 忘れられた名品、知られざる傑作を掘り起こし、自ら訳筆を取って蘇らせてくれるのだから中村氏は有難い人だ。あとがきによれば「アンソロジー好きが高じて、アンソロジーを編むようになった」のだという。

 ところで昔、ガルシンなどのロシア文学を中村融という人の訳で読んだものだが、まさか……。検索してみたらガルシンの訳者は1990年に他界していた。同一人物だったらそれこそSFか幻想小説だ。

新潮社 週刊新潮
2018年8月30日秋初月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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