東出昌大×柴崎友香・特別対談 「愛する」が始まるとき──映画「寝ても覚めても」公開記念

対談・鼎談

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寝ても覚めても

『寝ても覚めても』

著者
柴崎 友香 [著]/豊﨑 由美 [解説]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784309416182
発売日
2018/06/06
価格
814円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「愛する」が始まるとき──『寝ても覚めても』特別対談

[文] 河出書房新社

 「愛」の始まり方

東出昌大
東出昌大

東出 先ほど映画の取材を受けていて、あるライターさんから「ラスト、この二人は幸せになりました、ということでいいですか」と言われたので、「幸せってことでいいかはわからないけど、僕は『二人の関係が始まったのかな』と思う」ということを言ったんです。それはつまり、またすぐに二人の雲行きが怪しくなるかもしれないし、裏切りが連続するかもしれないことも含んでいる。人を愛してるって言っていいのって、どこからがスタートなんだろうと思うんです。どの段階で人を愛してるって言っていいんでしょうか?

柴崎 ねえ(笑)。それは小説でも、今東出さんが言ったとおりで、私も「これから二人で幸せに」とは思っていなくて。幸せになるかもしれないし幸せにならないかもしれない、でも今自分はこういう気持ちでそれを伝えたいっていうこと、亮平もやっぱり何かしら朝子に対して気持ちがある、とにかく今はそうなんだということが書ければいいと思っていたんです。どうなるかはわからないけど、そこからまた一緒に何か始めたいというか、何か一緒にやっていきたいという気持ちが今はあるということがあれば、私はそれで十分だと思っていて。ずっと人とやっていくとか、誰かを好きになってその人と生きていきたいっていうのはそういうことなんじゃないかと。どこからが愛していると言えるのか……。難しいですよね。

東出 柴崎さんも答えは出ていないんですね。

柴崎 そうですね。小説を書くとき私はいつもそうですけど、答えがわかって書いているわけではなくて、私自身もそれが何なのか知りたい、書くことで近づきたいという気持ちで書いているんですよね。好きになるって、どこが好きなのかと聞くことがありますよね。でも、どこが好きって言えるものなのかなとずっと疑問で。たとえばこういうことを言ってくれたから、こういうときに優しくしてくれたからといって、じゃあもしそれが別の人だったらその人を好きなったのか、どうしてもその人でなければいけない理由ってあるんだろうかとか、小説を書いてもっと突き詰めたかったというか、そこに何があるのか書いてみて確かめたかったんです。
 だから朝子と亮平の関係に関しては、始まりは愛ではなかったのかもしれないけど、だんだんそこに愛みたいな感情が強くなっていく過程なのかなと思うんですよね。

東出 クランクイン前に僕は成瀬巳喜男の「乱れる」を観てこい、って監督に言われたんです。加山雄三さんがすばらしいから、たぶんこれは亮平の役作りのヒントになるだろうからって。それで観てみて、また僕の足りない頭で考えすぎてしまって、これはどういうふうな環境でお芝居して、どういうふうになっていって、どういうふうなことなんだろう、監督の言う亮平と共通する魅力って何だ?とか、小難しく考えちゃったんです。結局答えは出ないんですけど。その一方、溝口健二の「近松物語」を見てきなさいって言われていた唐田えりかさん(朝子役)が、監督に「どうだった?」と言われて「よくわかんなかったです」と答えてるのを見て、監督がものすごい嬉しそうで。そうなんだよ、そういうことだよなと思って(笑)。純真無垢に勝るものはないというか。役者において必要な素質っていうのはこういうことかと思いましたね。

柴崎 なんだか目に浮かぶようです。他にも濱口さんから何か言われたことはありますか?

東出 濱口さんのやり方が、ジャン・ルノワールというフランスの映画監督のメソッドを深化させて実践しているものなので、もちろんいろいろな方の影響を受けて学問的に映画を分解して俳優に演技指導してると思うんですけど、でもけっきょく具体的にこういう芝居とかこういう動きをしろということはなかったですね。
 濱口監督とお会いして話をしてると、いろんな映画の話が聞けました。監督は嫌いなものはとことん嫌いなんです。好き嫌いがはっきりしてて、嫌いなものを「なんで嫌いなんですか」って、最初のうちは「まあそれは」って遠慮して語らなかったんですけど、本当に嫌いなところを突いて訊くと、まあ理路整然と嫌いなことをいっぱい言えるんです。もう本当に映画への執念がすごいなと思って。

柴崎 演じている側としては自分の予想を超えるものを、濱口監督演出で観てみたいという感じがあった?

東出 あったと思います。本当に監督を信頼していた、の一言に尽きるんです。役者としての責任を放棄するという意味ではなく、今回出ている若手の俳優部は皆、役者は監督の材料っていう大前提を共有していたと思います。「はじめまして」「はい、よーいスタート」というような、もっと時間がない現場が当たり前なので。でも濱口監督は違う。たとえばはじめましての人とお互いに怒鳴り合う芝居をやるときに、たぶん〇・一秒くらい相手の怒ってる顔に驚いちゃう瞬間があると思うんです。え、こんな顔して怒るの?!って。でも幼馴染の二十年来の友達でもそれはちゃんとやらないといけない。ただ今回濱口さんは「ニュアンスを抜いて」という棒読みの前に、身体接触といって「お互い手を握り合ってください。目を見つめ合ってください。一分間、相手から目を逸らさないでください」という時間もあった。
 そのトレーニングは僕らも嬉しかったし、それって物作りにおいて必ず必要な時間だなと思います。だから現場に来てどんなに時間がなくてもニュアンスを抜いて本読みをする。それで今日のシーンを飛ばしてしまうくらいだったらそれでもいいから、本読みなしでやる、とか時間ないからいきなり撮るってことを絶対に許さない監督でした。ずっと覚悟をもって役者に接してくれていたので嬉しかったですね。

柴崎 それは撮影を見に行っていても感じました。皆さんが監督のこうしたいとかこういうものが作りたいというのを信頼して、そこに徹してやっているのが伝わってきました。自分が出演した映画とかドラマはいつもごらんになるんですか? 作品によって好き嫌いや、よかった、そうじゃなかった、はあるんですか?

東出 それなりの産みの苦しみがあるから嫌いとは言えないし思わないです。でも映画っていろいろなカラーがあるので、たとえば同時期に公開する映画が数本ある場合、話す相手によって薦める映画を変えるんです。でもそれは自分の中でいいポイントを見つけて人に薦めているってことでもあるんですけど。『寝ても覚めても』は大人全員に「とりあえず見て感想ちょうだい」って言いまくってる。

スタイリング=檜垣健太郎(little friends)/ヘアメイク=山下サユリ(3rd)/撮影=宇壽山貴久子

河出書房新社 文藝
2018年秋号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河出書房新社

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