『おーい、中村くん』
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<東北の本棚>奉仕活動が生きる力に
[レビュアー] 河北新報
主人公は長崎県に住むひきこもりの青年。小学6年で不登校になり、中学へはほとんど行けなかった。定時制高校を卒業し就職したものの10カ月で退職、再びひきこもりになる。他人とどう接すればよいのか分からなかった。
「自分は無価値だ」と自分を否定し続けた主人公はある日「そうでもないらしい」と気付く。きっかけは宮城県内で東日本大震災のボランティアを体験し、被災者と接したこと。人と普通に話すことさえできなかった主人公の3カ月に及ぶ体験、心の変化を丁寧に描く私小説だ。
大震災が起きたのは25歳の時。テレビでボランティアの活動を見ているうちに、自分も何かできないかと考え始めた。なぜそう思ったのか分からない。母親の知人が東北へ行くボランティアを募っていると知り、参加を決めた。
9月2日に長崎空港をたち仙台市に着く。市内のボランティアセンターを拠点に、翌日から被災農家の支援活動を始めた。仙台、塩釜、浦戸諸島、石巻へと活動範囲は広がっていく。初めはボランティア仲間とあいさつするのも苦痛だったが、徐々に気持ちを表せるようになる。自分はひきこもりだと明かせる仲間が増えた。
被災者と話すのは一層大変だった。必要な物はあるか聞くこともできなかった。仮設住宅で老婦が「話す人がいない。あなたが来てくれただけでいい」と泣きながら言った時、何かが変わる。「自分だけ生き残ってしまった」との罪悪感を抱える人たちと自分の共通点に気付く。
著者が言うように、この本はボランティア活動の指南書でも、ひきこもり克服法を示したものでもない。ただ、ここに記された被災地での体験や、被災者との触れ合いの中に、生きづらさを感じたり居場所を失ったりした時にどう対処するかのヒントがあるように思える。主人公を「おーい、中村くん」と呼ぶ被災地の人たちはみんな笑顔だったというのも印象的だ。
生活ジャーナル03(5996)7442=1620円。