<東北の本棚>不思議体験軽妙に再現
[レビュアー] 河北新報
普通の人々がひそかに語ったゾクゾク、ザワザワする実体験を収めた一冊。おどろおどろしい表紙絵にひるんでしまうが、全36編の中にはどこかとぼけた趣の話も多い。
「ころぶ」と題した一編は、一輪車に乗りながら相撲を取る遊びに熱中する子ども時代の記憶。校庭には踏むとなぜか必ず転んだりバランスを崩したりする奇妙なスポットがある。日々移動するその場所を子どもたちは「ころぶ」と呼び習わし、うまく活用しながら勝負に興じた-。非科学的で集団妄想のような思い出話だが「少年期ならありそう」と妙にほほえましい。
「S氏と餅の化け物」はベテラン漁師が語る臨死体験だ。墓石に腰掛けて故郷を眺め、あまりの美しさに息をのんだ。現世に帰り「成仏して極楽に行ぐためには、まだまだこっちで苦しまねぇばなんねぇっつうごどだ」と達観したとか。
霊感の有る無しにかかわらず、説明のつかない不思議体験を誰もが多かれ少なかれ持っている。でも合理性至上主義の現代は「変な人」と思われそうで、口にするのも聞きたがるのもはばかられる。気仙沼市在住の著者はそんな秘めた願望に応え、老若男女から巧みに話を引き出し、軽妙洒脱(しゃだつ)に再現。そこには鮮やかなオチも教訓もなく、だからこそ怪異は迫真性を増す。
竹書房03(3264)1576=702円。