竹下しづの女(じょ) 理性と母性の俳人 坂本宮尾著

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竹下しづの女

『竹下しづの女』

著者
坂本宮尾 [著]
出版社
藤原書店
ISBN
9784865781731
発売日
2018/06/25
価格
3,960円(税込)

竹下しづの女(じょ) 理性と母性の俳人 坂本宮尾著

[レビュアー] 齋藤愼爾(文芸評論家)

◆呪縛を破る衝撃の一句

 正岡子規が俳句革新運動に乗り出してから百二十年余になるが、最も衝撃的な一句を挙げるとすれば、竹下しづの女(一八八七~一九五一年)の「短夜(みじかよ)や乳(ち)ぜり泣く児を須可捨焉乎(すてつちまをか)」ではなかろうか。

 平塚らいてうらが近代的な自我に目覚め、新しい女性の生き方を模索した大正デモクラシーが背景にあったとはいえ、なお家父長制の桎梏(しっこく)に呪縛されていた時代である。お乳を求めてむずかる赤子を、捨てちまおうかと詠んだことの衝撃の大きさは想像に難くない。それは日野草城(そうじょう)の「浦賀に黒船が襲来したやうに度肝を奪はれてしまつた」という言葉に代表される。

 しづの女は大正八(一九一九)年、吉岡禅寺洞(ぜんじどう)のもとで句作を始め、翌年より高浜虚子に師事。「短夜」の句を含む全七句で早くも『ホトトギス』(大正九年八月号)初巻頭。当時の虚子選には、一句載れば赤飯を炊いて祝うといわれるほど権威があった。

 主観や自我の表現が俳句で可能かという問題で悩み、俳句を中断した時期もある。「乱れたる我の心や杜若(かきつばた)」を作って禅寺洞に見せたところ、「主観露出句」の一言で却下されたことも一因だが、後日談がある。この句によく似た原石鼎(はらせきてい)の「狂ひたる我の心や杜若」が『ホトトギス』に入選したのだ。

 女性俳句の先駆者としてだけでなく、俳句指導者としての側面にも光が当てられる。昭和九(一九三四)年、しづの女は『ホトトギス』同人に推挙され、十二年に高校学生俳句連盟の機関誌として創刊された『成層圏』で、中村草田男と共に香西照雄、金子兜太(とうた)らを育てている。

 虚子が句集『颯(はやて)』に与えた序句「女手のをゝしき名なり矢筈草(やはずそう)」が、彼女の男性的作風と生き方を象徴している。

 しづの女自ら「禅寺洞師は私を流星だと皮肉りました。私は言ひ返してやりました。イエ彗星(すいせい)です。又折を得て必ず今一度現はれます」と禅寺洞の主宰誌に記していた。本書は、理智(りち)と情念の俳人の復権を鮮やかに告知するとともに、近現代俳句史の新しい見方を示している。

 (藤原書店・3888円)
 1945年生まれ。英文学者。俳誌『パピルス』代表。句集『別の朝』など。

◆もう1冊 

 坂本宮尾著『真実の久女-悲劇の天才俳人』(藤原書店)。杉田久女の評伝。

中日新聞 東京新聞
2018年8月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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