焦土の刑事

『焦土の刑事』

著者
堂場, 瞬一, 1963-
出版社
講談社
ISBN
9784065121528
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

『焦土の刑事』堂場瞬一著

[レビュアー] 大塚創造

■焼け野原に芽吹く男の矜持

 当たり前のことだが、戦時下でも自然災害や犯罪は起こる。戦況が悪化していた昭和19年12月に東南海地震、20年1月に三河地震が発生。死者・不明者は計約3500人に上ったが、国民の戦意喪失を恐れた軍部の意向で被害実態はほとんど伝えられず、「隠された地震」とも呼ばれる。

 20年3月10日。死者数が推計で10万人を超える被害のあった東京大空襲の日、銀座の防空壕(ごう)で若い女性の遺体が見つかるところから物語は始まる。首に刃物による切り傷…他殺体。警視庁京橋署刑事で28歳の高峰は捜査に乗り出すが、何者かの命を受けた署長から意想外の指図が。「あれは空襲の被害者で、身元不明ということにする」-。

 空襲時の重要避難場所である防空壕で遺体が発見されながらもみ消されるくだりを読みながら、これは「隠された殺人」なのだと思った。

 高峰はその不満を、特高に本籍を置き、警視庁保安課で芝居台本の検閲などに当たる幼なじみの海老沢に漏らす。「警察が殺人事件の捜査をしないで済ませていいのか?」

 4月、防空壕でまた女性の他殺体が見つかる。連続殺人の可能性が高まる中、「本部の者」を名乗る男が遺体を引き取り、署長は「忘れろ」。さらに8月15日の終戦後、高峰が警視庁捜査1課に異動となった9月1日にも同様の遺体が見つかる。ついに始まった本格捜査でこの犠牲者の身元が判明し、ある劇団との接点が浮かび上がる。

 殺人の連鎖はなお続き、高峰と海老沢はともに犯人を追い詰め、もみ消しの真相にも迫る。物語の合間には、その劇団の座付き作家が書いたとみられる短い芝居台本が挿入される。台本に込められた深長な意味がやがて明らかになったとき、思わず目を見開かされた。

 「大河シリーズ、ここに開幕」。本書の帯にそうある。高峰と海老沢の2人は今後、日本が朝鮮戦争特需を経て高度経済成長へと突入していく中で、難事件に立ち向かうことになる。焼け野原で芽吹いた刑事の矜持(きょうじ)はこれから、どう開花していくのか。次の一冊が、早くも楽しみだ。(講談社・1700円+税)

 評・大塚創造(文化部編集委員)

産経新聞
2018年8月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

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