妻の巨額資産が発覚『一億円のさようなら』白石一文

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

一億円のさようなら

『一億円のさようなら』

著者
白石一文 [著]
出版社
徳間書店
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784198646554
発売日
2018/07/21
価格
2,090円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

妻の巨額資産が発覚

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 もしも突然、長年連れ添った配偶者が莫大な額の隠し資産を持っていると分かったら?
 秘密にされていたことに腹を立てるのか、それとも皮算用をはじめるのか。白石一文の『一億円のさようなら』は、多くの人が一度くらいは妄想したことがあるだろう「突然大金が手に入ったら」が現実となった一人の男の話である。が、人生はそう甘くはない。

 長年勤めた企業から突然リストラされ、今は福岡で祖父が創業した化学製品メーカーに勤める加能鉄平、五十二歳。現社長である従兄弟から疎まれ役員にはなり損ねたが、淡々と現状を受け入れて生きている。子どもたちが他県に進学したため、今はパート勤めの妻と二人暮らしだ。平穏で平凡な生活が続くと思われたある日、鉄平は弁護士事務所からの連絡により、実は妻が三十年も前に伯母の遺産を相続していたことを知る。投資の成功もあり、現在その総額はなんと、四十八億円!

 親の入院費用、子どもたちの学費、そして自分のリストラの時の危機。まとまった金が必要だった出来事は過去に多々あった。しかしなぜ妻は、自分の資産を使おうとしなかったのか。そもそもなぜ、夫にすべてを隠していたのか。問い詰めた時、彼女は意外なことを口にする。誰も信じられなくなった鉄平は、ひとつの行動に出る――。

 家族であっても親族であっても、結局この世で自分以外は他人に過ぎない。しかしその他人たちとどう関わって、何を築いていくのか。人生の半ばを過ぎて新たな道を歩み始める男の姿に、いつしか心ときめかせている。人生に必要なのは決して金や名声でなく、愛や恋でもなくて、冒険なのだ。そしてまた新たな船出が始まる予感を抱かせる結末にもニヤリ。

光文社 小説宝石
2018年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク