ジェーン・スー×三浦しをん・対談 父とかビヨンセとかビロウな話とか

対談・鼎談

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生きるとか死ぬとか父親とか

『生きるとか死ぬとか父親とか』

著者
ジェーン・スー [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103519119
発売日
2018/05/18
価格
1,540円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

ビロウな話で恐縮です日記

『ビロウな話で恐縮です日記』

著者
三浦 しをん [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784101167640
発売日
2018/05/29
価格
737円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『生きるとか死ぬとか父親とか』&『ビロウな話で恐縮です日記』刊行記念対談 ジェーン・スー×三浦しをん「父とかビヨンセとかビロウな話とか」

[文] 新潮社

「資本主義の徒花」

スー 最近気になっているのは、マンションの広告のキャッチコピー。いわゆる「マンション・ポエム」です。その意味では、マンションもヤンキー化していませんか? 盛りまくりですよね。

三浦 確かに。ヤンキーが壁にスプレーで「夜露死苦」なんて書くのと似ているかも(笑)

スー 「文京の杜」とか、わざわざ「杜」という字を使ったり、「世田谷という物語に住まう」とか。「住む」でいいのに。それに「物語」ってなんなんだ。

三浦 「住まう」って、他ではあまり見ない言い回しですよね。

スー 昔住んでいた小石川のあたりを歩くと、お化粧しているというか、気取った雰囲気を感じるようになりましたね。

三浦 先住民は疎外感を覚えそうですね。

スー 街がどんどん薄くなっていく印象を持つんです。

三浦 スーさんのお父さまも「銀座が薄くなった」とおっしゃっていましたが、なるほどと思いました。確かに、以前はちょっとおめかしして行く街だったのが、今の銀座はグッとカジュアルになった。

スー もちろんそれが順当な時代の変化なのですが、ちょっと寂しく思う面もあって。

三浦 世田谷も町田も様変わりして、畑や雑木林だったところに、どんどん大型マンションが建つようになりました。街の変化のスピードに付いていけない。

スー 東京のあちこちに高級ブランド化したマンションが建っていますし。

三浦 みんなそれに憧れて「住まう」。

スー 街の変化といえば、コンビニも象徴的です。特にローソン。「ナチュラルローソン」というやや品揃えが高級な店があるじゃないですか。それがあるのは、相応の高級感ある街だと思うのですが、売り上げが立たないと見るや、すぐさま「ローソンストア100」に切り替える、その見切りの速さたるや。

三浦 「この街は、“100円ローソン”こそがふさわしい」と(笑)

スー 資本に横っ面をはたかれて、どんどん街が変わっていく。

三浦 でも、スーさんは「資本主義の申し子」でしょう。

スー むしろ「徒花」かな。この前辞書で「徒花」の意味を調べたら、「咲いても実を結ばない花」とありました。それって、ワシやないかい(笑)

三浦 「資本主義の徒花」というキャッチフレーズで、区議選とかに立候補してみるのはどうでしょうか?

スー 「好きです、資本主義」とか言って(笑)。百パーセントありませんが。

三浦 「共生社会を実現」などと取ってつけたように言うよりは、「この街に資本を」と言った方がいいと思う。「この街には、『ナチュラルローソン』を作ります」とか、「プラウドを百棟建てます」とか(笑)

スー あれ、今日は都市計画のシンポジウムでしたっけ?

三浦 いや、我々の結婚発表会見のはずです(笑)

はたして父の服を選べるか?

三浦 私はスーさんの新刊の話をしたいのです。最高でした。傑作や。

スー ありがとうございます。

三浦 お父さまに話を聞いて、それがベースになっていますが、その会話は録音されたのですか?

スー 最初は録音したこともあったのですが、途中からはメモだけにしました。

三浦 なるほど。お父上の肉声が聞こえてくるようでした。録音したものをベースにすると、このいきいきしたニュアンスが出ないだろうと思ったので。どのエピソードもインパクトがありました。とても魅力的な部分と、「うわー、このお父さん何とかしてくれー」と思う部分の両方があって。またそれを読者に伝えるさじ加減が絶妙。私もエッセイで、家族について触れることはありますが、肝心な部分はまるで書いていません。家族のことを書くのは難しくないですか?

スー 父も私も露悪的なんです。だからむしろ抑え気味に書いたかもしれません。特に実家を喪失する場面は、いまだに被害者意識が強くあって……。

三浦 ご著書から状況を推察するに、「なんでやねん」という事態ですよね。

スー 「スーパーなんでやねん」ですよ。実際に起きたことをそのまま書こうとするのですが、どうしても被害者面になってしまう。「私は悪くない、悪いのは父だ」と。それを読み返して軌道修正しながら、何とか書き上げた感じです。

三浦 さすがの分析力だと思いました。これまでのスーさんのエッセイでは、例えば「女子」や「マッサージ」などを分析してきたと思いますが、今回はその対象が自分や家族ですよね。しかもその分析は、ただ客観的なものではなくて、お父さまとぶつかったり受け止めたりしながら、自分と相手をより理解しようとした上で行っている。そこが凄い。親のことをちゃんと考えるというのは、面倒なことでもあるじゃないですか。それが私にできるかなと。

スー やるかやらないかの話だけだと思いますよ。一方で、親についてこんなにも明け透けに書いてよかったのかなと思うこともありますし。

三浦 普通は自分の親のことしか知らないじゃないですか。でも、スーさんのご著書を読むことを通して、「他の親とはどういう生き物なのか」を知り、体験することができた。それがとても楽しくて。これまでも親との関係を描いたエッセイはありましたけど、過去を美化して感傷的になったり、あるいはとんでもない毒親だったりという本が多い気がします。けれどスーさんの場合は、そのどちらでもない。「トンデモ父ちゃん」なんだけど、魅力的で、女性にもモテる。

スー そして現在は「一文無し」。娘としては、「何してんねん」という感じなのですが、周囲の人に恵まれたというか、大事にされてきたんだなというのは、あらためて知ることができましたね。

三浦 それが本当のモテでしょう。

スー しをんさんのご家族のことも知りたいですね。

三浦 スーさんのお父上とは正反対です。おしゃれじゃないし、女性にモテないし、洗練されていない。七十歳を過ぎているのに、いまだにレストランとかでオドオドしている。場慣れしていない中学生と同席している気分になります。服を買うのは、大体「青山」で。

スー それはどっちの「青山」ですか?

三浦 地名じゃないほうです。親戚のおじさんの形見分けでもらった服をいつまでも着ていて、ファッションに「自分」というものがない。

スー 一緒に服を買いに行けばいいじゃないですか。

三浦 えっ……父と……服を……。

スー なぜそこで止まるのか(笑)

三浦 考えられません。父の服を選びたいという気持ちが湧かない。

スー 着せ替え人形みたいで楽しいですよ。爺さんが明るい色の服を着ると、ちょっと可愛くなりますし。

三浦 派手な色のものを着ろと、ずっとお父さまに言っていますよね。

スー 放っておくと、ご老人の服は「おでんの妖精」みたいになりますからね。ワンポイントで辛子色のバッグを持ってみたり。

三浦 わかる!

スー この『ビロウな話で恐縮です日記』では、しをんさんのお母さまはよく登場されますよね。

三浦 母は母で、パンチがきいているんですよ。もう敬して遠ざけるしかない。今日も私の仕事している部屋の窓を叩く者がいて、見たら母でした。

スー ええー!

三浦 まあ、一階ですけど(笑)。なぜ玄関ではなく窓なのかがわからない。

スー 母と娘というのも難しいですよね。私の場合は、二十四歳で母が亡くなってしまったので、いい感じに神格化されているんです。今は、父と私しか信者のいない小規模な宗教のような感じです。

三浦 小さいけれど熱烈な宗教。

スー 母が早くに亡くなったから、今こうして父と向き合って、本が書けた。それで気づいたのですが、どうしても親子というのは、親と子としてしか出会えない。だからこれまでは父を「親として何点」としか採点していなくて、一個人として見ることができなかった。それが今回ようやく親にも、親として以外の人生がある、という当たり前のことに気付いたというか。

三浦 普段生活しているなかで、「お父さんはどんな子供だったの?」なんて聞かないですもんね。かといって、あらためて聞くのもなかなか難しい。その意味でも、刺激的でしたね。じゃあうちの家族はどうなんだろうとか、一人の人間同士として向き合ってきたかとか、いろいろ考えさせられました。

スー ありがとうございます。

三浦 だからみなさん読んでください。

スー 「三浦しをんさんも絶賛」とか、SNSなどで拡散してください。もちろん『ビロウな話で恐縮です日記』も。「ド腐れている」が帯のキャッチコピーになっているのはどうかと思いますが、本当にこの人の頭の中がどうなっているのか、小説をお書きになる人はこんなことを考えているのか、というのが実録スタイルで赤裸々に書かれていますので。

三浦 いやいや、スーさんに言われたくない(笑)

新潮社 波
2018年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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