『凡人の怪談』 工藤美代子著

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凡人の怪談

『凡人の怪談』

著者
工藤美代子 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
芸術・生活/絵画・彫刻
ISBN
9784120050978
発売日
2018/07/09
価格
1,404円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『凡人の怪談』 工藤美代子著

[レビュアー] 宮部みゆき(作家)

恐怖と笑いは紙一重

 怪談の肝(きも)は語り口にある。

 これは小説だけではなく、実話怪談や怪異を扱ったエッセイでも同じだ。いや、むしろ小説ではない方が、書き手の文体や言葉選びで、その怪異の怖さや不思議さ、切なさやほのかなユーモアの味わい――つまりその怪談の旨味(うまみ)に大きな差がついてくる。実話は創作と違って明快な起承転結がないし、怪異の正体や因果がはっきりわからない=謎解きがないことも多いので、出来事の経緯を描く文章に味がないと、何か中途半端だなあという消化不良感が残ってしまいがちなのだ。

 また実際に起こった出来事を書く場合は、それが書き手の体験談であるか、第三者から聞いた話であるかで、その怪異との距離感が変わってくる。この距離の計り方が上手な人の手にかかると、「ホテルの客室に幽霊(らしきもの)が出た」とか、「不動産探しで事故物件に当たったらとても怖い思いをした」等々のありふれた話でも、まったく読み心地の違う新鮮なものになるから面白い。

 本書の著者の工藤美代子さんは、語り口も怪異との距離の計り方も絶妙な怪談エッセイの名人だ。私は既刊本も愛読してきたけれど、本書では、工藤さんの亡きお父様とお母様がらみのエピソードがとりわけ心に染みた。それはたぶん、私が自分の父を看取(みと)る体験を経たからだろうと思う。「父から聞いたいくつかの怪談 その1」には、死期が近い父親と向き合ったことのある娘なら誰でも、「あの時うちの父もそうだった」と思い当たりそうな描写がある。上品な軽みと、押しつけがましくない優しさと、哀惜の念のある名文だ。一転、お母様のエピソード「お詫(わ)びのエルメス その1」と「その2」は、「いつも腹を立てている人だった」というお母様本人も、お手伝いのヨシエさんもキャラが立っていて抱腹絶倒。まさに、恐怖と笑いは紙一重なのだと唸(うな)ってしまった。

 ◇くどう・みよこ=1950年、東京都生まれ。91年、『工藤写真館の昭和』で講談社ノンフィクション賞を受賞。

 中央公論新社 1300円

読売新聞
2018年8月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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