『右ハンドル』 ワシーリイ・アフチェンコ著

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右ハンドル

『右ハンドル』

著者
ワシーリイ・アフチェンコ [著]/河尾基 [訳]
出版社
群像社
ISBN
9784903619880
発売日
2018/05/31
価格
2,160円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『右ハンドル』 ワシーリイ・アフチェンコ著

[レビュアー] 土方正志(出版社「荒蝦夷」代表)

ロシアに渡った「日本娘」

 タイトルの「右ハンドル」はロシアに渡った日本車、それもとりわけ中古車のことである。ソビエト政権が倒れて、経済自由化の波に乗り、日本の中古車が奔流のごとく極東ロシアに殺到した。そんな一九九〇年代から二〇〇〇年代にかけてのおよそ二十年にわたる、極東ロシアにおける日本製中古車の年代記が本書といっていい。「ドキュメンタリー小説」と出版社の紹介にもあり、著者の「日本語版への序文」にもそうあるが、実のところは同時代を体験した若者としての著者の回想録であり長編エッセーである。実際、そう思って読んでこそ楽しめる。

 ウラジオストク港に大量に陸揚げされる通称「日本娘」たちに、市民は熱狂する。空前の規模の中古車市場が出現、やがて奔流は極東ロシアから内陸へと溢(あふ)れ出す。誰もが中古車を手に入れ、修理改造、フェティッシュな気配が漂うほどに日本車への愛が語られて、日本の読者としてはなんだかこそばゆい。だが、左ハンドル右側通行が基準の国にあって、我らが「右ハンドル」たちは徐々に中央政府からの圧迫を受ける。対する市民の抵抗もしぶとく続くも、時代の趨勢(すうせい)に極東ロシアの「右ハンドル時代」は終わりを告げた。

 ウラジオストクのジャーナリストにして作家である著者は、自らの青春の思い出をまじえてその時代を綴(つづ)りながら、「右ハンドル」がもたらした自由への希望の高まりを、中央と辺境の意識の違いを、ヨーロッパの尻尾のごとき極東ロシアと日本などまわりを囲むアジア諸国の歴史と文化の差異を、そして激動の時代を生きた人々を、ユーモアを湛(たた)えつつ哀惜するかのように謳(うた)いあげる。

 この海の向こうの狂想曲、故郷の北海道で私も確かに見た。転覆せんばかりに中古車を甲板に積み上げた小さな貨物船が帰り着いた港に、こんな人たちが待ち構えていたのか。対岸の庶民のホンネと息づかいが聞こえて、極東ロシアに関心ある読者には必読の一冊だ。河尾基訳。

 ◇Василий Олегович Авченко=1980年生まれ。本作で複数の文学賞にノミネート。

 群像社 2000円

読売新聞
2018年8月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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