座談会 地方自治研究のあり方とは――『地方自治論――2つの自律性のはざまで』刊行に寄せて
地方自治研究の面白さ
北村 最後に、金井先生は、現代の日本の地方自治というのをどうお考えになっているのか。そして、地方自治を学ぶ面白さは、どこにあるとお考えでしょうか。
金井 難しい話ですね。本書を読むと、国からの制約もあるし、地域社会からの圧力も大きいので、自治体職員になっても首長・議員になっても、思ったほどやりたいことができるわけでないよということでしょうか(笑)。
北村 いえいえ、我々はけっこうできることあるというふうに書いたつもりだったのですが(笑)。
金井 自律性ⅠもIIもそれなりにあるから、地方政治家や地方公務員になったら面白いよっていうメッセージなんですね。
平野 主として、地方公務員あるいは地方政治家になりたいと考える学生を主たる読者のひとつとして想定していますので、もしなったら、こういうやりがいがあるよと言いたかったわけです。ただし、注意すべき点もある、ということも強調しているつもりです。思い通りにはなりませんが、ならないからといって全く身動きがとれないというわけでもないんです。
北村 そうそう。そんな思い通りにはいかないんです。企業でも、たとえばメーカーであれば、メインバンクに縛られるとかもあるでしょうし、大型小売業界の圧力もあるでしょう。地方自治も同じようなコンテクストで考えてほしいと思っているわけです。
金井 そういう意味では、自治に携わるというのは、半自律性はあるけれども勝手なことをできない中でやっていくことだ、と。その中で苦闘するのが楽しい、というメッセージになるかもしれない。そんな面倒くさいことするんだったら、中央省庁や国会に行ったほうがいいやとか、民間企業に就職するほうがいいやと言う学生もいるだろうけれど、でも中央省庁も国会も民間企業も別に完全に自由ではないわけです。そういう一種の職業案内として、自治体という進路もあるということになるんでしょうかねえ。
青木 実は、人々にとって地方自治というものは、日常生活に問題が起こっていなければ関心は持たれないものですよね。
金井 勉強する必要ないですよね。まさに、法律学と同じで、普通の人は法律を学ばない。法律を学ぶときとは、相続か何かでもめたときに急に「一体どうしたらいいんだ」といって調べる話なのです。学びたくて学ぶのではなく、不愉快なので学ばざるを得ないのが法律です。自治もそうかもしれません。災難にあったときにはじめて出会うとか。
北村 平時で、幸せなときには本書に関心が向くことはないのでしょうか。
金井 困ったときに「こうしてみよう」という手がかりを備える。何か公共サーヴィスの供給で問題にぶち当たったときにはひも解く必要があるけれど、平時には必要ない。しかし、困ったときに引っ張り出せる知識は必要だと思います。
平野 でも、大学の勉強は、そもそもそういうものですよね。
金井 だから自治体研究は、被治者=住民の教養だというべきです。あなたの一生で地方自治による不幸が降りかかる可能性があるかどうかわからないけれど、あるかもしれないから、こういうものをちょっと頭の片隅に入れておく。不幸に巡り会ったときに、まず北村先生や青木先生、平野先生の本に立ち返ることができる。あくまで、そうした引っかかりが大切です。ひっかかりがないと、対策のしようもない。
青木 一方で、地方公務員や地方政治家にとっても、地方自治の書物というのは、サバイバル・マニュアルだと思うんです。仮にその立場になったときに、完全に自分が自由自在に動けるわけではなくて、いろんなところから矢が飛んできたり文句が来たりするので、どうサバイバルするかとか、生き方指南書みたいなものなんじゃないですか。
平野 その点に関連して職員が、首長や議員の行動様式を知らないまま、現在の首長に過剰に肩入れしたり、議会対策をやってしまうことが考えられます。そういうのは、やはり危険だなという思いがものすごくあります。公務員試験を受けるという学生がけっこういるので、そういう人たちにも指南書というふうな感じで読んでいただけるのではないでしょうか。首長や議員といえども、ある程度、距離を取る必要もあるし、100パーセント言うことを聞く必要はないんだということをわかってもらいたいなと。いまの年輩の職員さんは「聞いている振りをする」のは得意だと思うのですが、若い人にうまく伝承していないような気もします(笑)。
金井 それだと職員目線の発想じゃないですか(笑)。政治はやっぱり政治だから、公益を決める政治家に従いなさいという話になるんじゃないですか。
北村 もちろん、職員中心のエリート主義では決してありません。政治の中で職員さんがどのように合理的に行動するのかが大切だと思っているだけです。
金井 首長・議員・職員という為政者の三者のなかの力関係は、二つの自律性の話とは別ですね。だから、全体として為政者目線なんだよね。
青木 いえ、第1章が首長だっていうところにも職員中心ではないことが表れています。
北村 そうです、首長、議会、公務員の順番ですよね。決して公務員が第1章ではありません(笑)。
金井 すると、政治家好きの系統になりますね。
北村 あと、国政であれば、常にテレビでも新聞でも派手に報道されますが、基本的には地方の話はあまり報道されませんので、どうしても地方自治への関心を高いままにしておくことが難しいと思います。2010年ぐらいから久々に大阪に全国的な関心が集まりましたが、例外的なことです。関心の高いときですら東京の方々が正確に大阪都構想をめぐる政治についてご理解されているとは思えませんでした。他の地域についてはもはや情報がないに等しい状態です。
そこで、できるだけ、本書『地方自治論』を出版後もいろいろな事件を取り上げていくようにウェブでいろいろな素材をアップデートしていけるようにしております。
金井 そういうのがあるんですか。
北村 現在のところは授業用スライドを全チャプター分提供しています(編集部注:シリーズ専用のWebサポートページがあります)。
青木 それこそ、地方自治を専門としていない方が大学の授業のテキストとして本書を使うことを想定していますので、まずはパワーポイントのスライドをご用意しました。
金井 選挙のデータとか、簡単に資料を作れると便利だよなって思っていました。
平野 ただ、選挙についていえば政党が問題です。国政の野党第1党がぶっ壊れちゃったので。地方の政党組織と対応していないんです。データのとり方も解釈の仕方も一気に難しくなっています。
金井 難しいですね。
北村 我々は地方議会も重要と言いながら、その中の会派がよくわからなくなり、会派の重要性を否定するような話すらあります。一時的なものだと信じたいですが。
金井 全国政党の同じラベルが安定したときにどの地域でも同じラベルが使われていれば、初学者の人にも党派性の重要性なども理解できるでしょうけど、無所属が多いうえに党派ラベルが地域ごとに異なっていて、それが自公共以外は不安定で全国政党とさらに異なっているようでは、なんだかわけがわからない。
北村 まあ、課題はあげればキリがありませんが、本日のところはここまででひとまず終わりとしたいと思います。本日は、ご多忙のところ、誠にありがとうございました。この座談会がまとまっていることをただただ祈って、おひらきにしたいと思います。
(2018年6月9日収録)