「この世界」から少しズレた「異空間」をリアルに描く
[レビュアー] 武田将明(東京大学准教授・評論家)
ここにあるのは夢の言語、あるいは夜の言葉でつづられた十篇の物語だ。明確な相互関係はないが、登場するのは、この世の中で居場所を見失った者ばかり―家族や友達としっくり行かない子供、疎外感を抱える妻、お金をくれる女や男に依存して無為に暮らす者など。
その究極の姿を示すのが、表題作「回転草」の主人公だろう。彼は「西部劇お馴染みの絡まった球体の枯れ草」だが、元は役者志望の人間だった。回転草になったおかげで俳優としての名声を手に入れた一方、人間時代の同性の恋人と別れ、「少しでも人並みでいたい」と人間の女性と結婚したが、上手くいかず離婚調停中だという。こんな内面の葛藤を抱えつつも、外面はあくまでも草なので、日常生活でも風が吹けば流されるしかない。小説としてのリアリティーと設定のナンセンスさの配合が絶妙で、回転草の転がるまま、一気に読まされてしまう。
一九九二年生まれの若い作者の技術の確かさは、本書所収のデビュー作「彼女をバスタブにいれて燃やす」でも際立っている。冒頭の、ヒモの主人公が「彼女」を殺害・解体する場面では、静謐かつ緻密な描写のなかに、「しっぽ」や「私の指先から肘よりながい」舌など、異様な言葉が挿入される。これによって、彼女がキリンになるという“ありえない”話が、ファンタジーではなく現実のものとして読者の感覚に刻まれる。同じことは、鉄の直方体を被った校長やヴァンパイアや雪女の登場する他の物語にも言える。
寓話と現実の混交というだけなら、すでに多くの作家が実践している。しかし本書の作者は、「この世界」から少しズレた光景を、醒めた感性で幻視し、現実に上書きしてみせた。ヴァーチャル・リアリティーならぬヴァーチャルなもののリアリズム。マジック・リアリズムのアップデート版とも言える本作の世界は、現代小説の世界を拡張する可能性を示唆している。