「葉真中顕」新作 室蘭を舞台にした戦時ミステリー

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凍てつく太陽

『凍てつく太陽』

著者
葉真中顕 [著]
出版社
幻冬舎
ISBN
9784344033443
発売日
2018/08/23
価格
1,980円(税込)

民族差別やヒグマホラーも 枠に嵌まらぬ社会派ミステリー

[レビュアー] 香山二三郎(コラムニスト)

 デビュー作の『ロスト・ケア』で高齢者の介護問題を正面から扱い、社会派ミステリーの旗手と目された葉真中顕(はまなかあき)。しかしその後は様々なアングルから現代社会の矛盾をえぐり出し、既存の社会派の枠には収まらない活躍を見せている。今回は第二次世界大戦終戦間際の北海道・室蘭を主要舞台に、民族問題も絡めた戦時ミステリーにチャレンジした。

 日崎八尋(やひろ)は政治犯や敵国スパイを取り締まる北海道庁警察部特別高等課所属の特高刑事。道内の炭鉱や軍需工場では朝鮮人労働者が急増しており、彼はその取り締まりに当たる内鮮係にいた。一九四四年一二月、室蘭の大東亜鐵鋼の飯場から人夫が逃亡した事件の謎を探るべく現場に潜入した彼は見事にそれを解決する。

 翌年一月、大東亜鐵鋼で人夫を統括していた朝鮮人将校とその配下が芸者遊びのさなかに殺され、芸妓が行方不明になる事件発生。嫌疑をかけられた日崎は憲兵隊に引っ立てられそうになるが、特高の「拷問王」三影(みかげ)に助けられる。日崎に疑いがかかったのは遺体からアイヌの毒が検出されたため。日崎の父はその研究者で、母はアイヌの出身だった。

 捜査が難航する中、日崎はこの事件の捜査を担当することになり再び室蘭へ赴くが、着任早々第二の事件現場に遭遇することとなる。

 事件の鍵が、大東亜鐵鋼の工場で開発中の軍事機密「カンナカムイ」にあるらしいことは早くから匂わされるが、著者はそれをめぐる単純な諜報戦にはしない。日本とアイヌ、朝鮮間の民族差別問題を掘り下げ、それに根ざした冤罪沙汰でひと山作る一方、吉村昭の名作『羆嵐』を髣髴させるヒグマホラー(!?)を絡めるなどして、日崎八尋の受難劇を膨らませていく。そこから戦争批判を高めつつ、カンナカムイをめぐる殺人事件も二転三転させていくエンタメ手腕はあっぱれのひと言だ。雲行きの怪しい今の国政にも一石を投じる問題作。

新潮社 週刊新潮
2018年9月6日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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