『ご遺体』
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英作家ウォーが描いた「死者の弔い」の諷刺
[レビュアー] 川本三郎(評論家)
【前回の文庫双六】SFアンソロジーの名手「中村融」珠玉の一冊――野崎歓
https://www.bookbang.jp/review/article/557437
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中村融編の『18の奇妙な物語 街角の書店』のなかで、もっとも「奇妙な」、そして怖い話は「ディケンズを愛した男」だろう。
イギリスの資産家の青年がアマゾン探検隊に加わるが探検は失敗し、一人、密林に取残される。
もう駄目かと思われた時に密林のなかで暮す不思議な老人に助けられる。
この老人は本が好きだが字が読めない。そこで青年に手持ちの本を読んでもらう。それがディケンズの長編ばかり。何度も読ませるので青年はついに一生、密林から出られなくなる。
怪異現象が起るわけではない。殺人者や怪物が出てくるわけでもない。にもかかわらず怖い。密林とディケンズの組合せが意表を突くためだろう。
イギリスで映画化され(「ハンドフル・オブ・ダスト」88年)、老人をアレック・ギネスが演じた。
原作者はイギリスのイーヴリン・ウォー(一九〇三─一九六六)。
『大転落』『黒いいたずら』など皮肉と諷刺、ブラックな作風で知られる。
『ご遺体』の原題は“The Loved One”。「愛されたもの」とは葬式業界で「遺体」のことを言うそうだ。
一九四七年にウォーがアメリカを旅行、そこで見聞したことをもとに書かれた。
西海岸の葬儀会社の話。金持を相手にし、最新の設備で死者を豪華に弔う。
死化粧をほどこす遺体処理師が芸術的な腕を発揮し遺体を美しくしてゆく。
死すらもビジネスにするアメリカ社会をイギリス人の目で諷刺している。
しかし、この小説、高齢化が進んだ現代の日本人が読むと、諷刺どころか、現実そのものに思えてくる。
壮麗な霊園、みごとな棺桶、美しい遺体。遺体処理師はまさにおくりびと。ウォーは現代を予見していたことになる。
イギリス人の若者はペットの葬儀社で働くが、これも現代では珍しくない。
一九六五年にトニー・リチャードソン監督によって映画化された。