『編集者 漱石』 長谷川郁夫著

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編集者 漱石

『編集者 漱石』

著者
長谷川郁夫 [著]
出版社
新潮社
ISBN
9784103363927
発売日
2018/06/29
価格
3,780円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『編集者 漱石』 長谷川郁夫著

[レビュアー] 宮下志朗(仏文学者・放送大特任教授)

文芸界の革新めざす

 『堀口大學』『吉田健一』と、編集者としての出会いを原点に評伝の大作を発表してきた著者が、「日本の近代文学において最初の、そして最高の文学者=編集者」という位置づけで、漱石に挑んだ大著。早世した正岡子規という優れた編集者のDNAが漱石に引き継がれたという視点から、文学における「維新の志士」たることを子規と共に自覚していた漱石の生きざまが見事に描かれる。

 定評ある荒正人『漱石研究年表』に拠(よ)って日々を追うストイックな記述。時々挟まれる鏡子夫人の『漱石の思ひ出』が効果的だ。読売新聞の働きかけは「機が熟して」おらず、漱石は朝日新聞に入社するが、ロールモデルの子規も新聞「日本」の記者であった。こうして「漱石は子規になった……文藝界の革新を目指さなくてはならない」、「新聞屋」になってこそ「生来のアイデンティティーが恢復(かいふく)した」のである。

 「学校をやめたら気が楽になり候。春雨は心地よく候」(野上豊一郎宛書簡)とはいえ、多忙を極める漱石。次々と長篇(ちょうへん)を新聞連載しながら、その間を埋めるべく、島崎藤村、大塚楠緒子などの書き手を発掘する。根岸での子規庵の集まりにちなんだ「木曜会」には、門人たちがはせ参じる。門下の森田草平が平塚明子(雷鳥)と心中未遂を起こせば、その一件を長篇『煤煙(ばいえん)』として連載させて親心を示す。『こころ』の後の連載を頼んでいた志賀直哉が、後に『暗夜行路』となる作品をドタキャンしても怒りもせず、新進作家の短篇で埋めるアイデアを思いつく。谷崎潤一郎、武者小路実篤、里見とん、鈴木三重吉、小川未明、田村俊子、野上弥生子等により、文学の未来が具体化する。「文学は是からである……後進諸君の為めに路を切り開いて……大なる舞台の下ごしらえを」(卒業生宛書簡)という意気込みで、文豪は編集能力を発揮する。参考文献を付けず、本文中で完結させる書法も、評伝は文学だという著者の美学だ。

 ◇はせがわ・いくお=1947年、神奈川県生まれ。文芸編集者、大阪芸術大教授。著書に『美酒と革嚢』など。

 新潮社 3500円

読売新聞
2018年9月2日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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