<東北の本棚>作品に潜む科学者の顔
[レビュアー] 河北新報
「巨(おお)きな水素のりんご」「ルビーよりも赤くすきとおりリチウムよりもうつくしく」
宮沢賢治作品を読むと、常人では考えつかない、飛び抜けて詩的な表現に出くわすことがある。独創的な言い回しはどこから生まれるのか。本書はこうした疑問を、科学の視点から解き明かそうとする試みだ。
京都薬科大名誉教授で薬学博士の著者は、盛岡高等農林学校で農化学を学んだ「鉱物学者・賢治」に注目する。全ての著作物や書簡を読み込み、文中で使用される元素や鉱物全45種を抽出。記述部分を抜き出し、一つ一つに解説を加えた。
例えば、『銀河鉄道の夜』の「九 ジョバンニの切符」に出てくる記述。
「あれは何の火だろう。あんなに赤く光る火は何を燃やせばできるんだろう。」
物質に含まれる元素を特定する際に用いる「炎色反応実験」での経験を基に記されたことが分かるだろう。
以前ならば抽象的な詩的表現と片付けていた個々の記述が、次々と明快な映像イメージへと置き換わっていく。文中に込められた賢治の心象に迫る手だてとしても非常に有効だ。
著者は学生時代の化学の講義で、幼少年期に親しんだ賢治作品の中に、元素やそれらを含む石の名前がちりばめられていたことに気付いたという。
「詩人や童話作家として賢治をとらえることは大切ですが(中略)作品の中に科学者としての賢治が潜んでいることを考えることも重要なのでは」と前書きで語る。
賢治が取り上げなかった元素についても合わせて紹介している。
化学同人075(352)3711=1728円。