伝統的な謎解き小説への愛着と破壊的アプローチのぶつかり合い

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書籍情報:openBD

伝統的な謎解き小説への愛着と破壊的アプローチのぶつかり合い

[レビュアー] 若林踏(書評家)

 不可能興味の絨毯爆撃。ポール・アルテ『第四の扉』(平岡敦訳)はこう表現するに相応しい小説だ。

 本書は大学生の“ぼく”ことジェイムズ・スティーヴンズの語りによって進行する。ジェイムズの友人、ジョン・ダーンリーが住む屋敷には奇怪な噂が立っていた。第二次大戦直前、ジョンの母親が密室状態の屋根裏部屋で血まみれの死体となって発見されており、屋敷にはその幽霊が出るというのだ。母親の体には包丁による無数の切り傷が残されており、自殺だとしても狂気の発作にかられたとしか考えられない死に方であった。

 そのダーンリー家に間借りする霊能力者のラティマー夫妻が、関係者が集う中で交霊実験を始めた。この実験が、新たな事件の幕開けとなる。

 夜中に聞こえる足音、屋根裏部屋の不思議な光、霧に消え失せる人影、呪われた部屋での密室の再現。古典探偵小説に通ずる怪奇性と不可能性に満ち溢れた謎が次々と繰り出される。果たして全ての謎が解決されるのか、と不安になるほどの盛り込み具合なのだが、実はそう思った時には作者の掌中。古き良き探偵小説という器の外に仕掛けられた大魔術に、まんまと嵌(はま)ってしまうだろう。伝統的な謎解き小説への愛着と、破壊的なアプローチとのぶつかり合いが生んだ作品である。

 現代フランス作家による謎解き小説といえば、『死者を起こせ』(藤田真利子訳、創元推理文庫)に始まるフレッド・ヴァルガスの〈三聖人〉シリーズ。パリのボロ館に同居する、失業中の歴史学者三人が探偵役となって事件に挑む。変わり者同士の掛け合いから謎を解いていく過程が実にユーモラスで、風変わりな名探偵ものを読みたい方にはぴったりの作品である。

 もう1つ、おすすめしておきたいのがグザヴィエ=マリ・ボノ『狩人の手』(平岡敦訳、創元推理文庫)。“男爵”と呼ばれるオペラマニアの警部が主役の警察捜査小説なのだが、手の込んだ仕掛けが用意された本格謎解き小説としても読み応え十分だ。読み逃していた謎解きファンはぜひ。

新潮社 週刊新潮
2018年9月13日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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