『埋もれた波濤』
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【聞きたい。】滑志田隆さん 『埋もれた波濤』
[文] 三保谷浩輝
■埋没した事件への思い描く
1983年9月1日、旧ソ連領空で起きた大韓航空機撃墜事件をテーマに、元新聞記者が事件の闇と遺族の悲痛な心情に思いをはせた小説を発表した。
ニューヨーク発ソウル行きの大韓機が本来の飛行ルートをそれて領空侵犯し、サハリン上空でソ連軍戦闘機に撃墜された事件では日本人28人を含む乗客乗員269人が死亡した。なぜ民間機が領空侵犯したのかなど諸説あるが、真相は今も解明されていない。
当時、毎日新聞社会部のサツ回り兼羽田空港担当で発生当初、日本人乗客の家族らを取材し、その後は遺族会の動向を追った。
「語り継がれている日航ジャンボ機墜落事故(昭和60年)と違い、風化どころか埋没している。その歴史事実、翻弄される遺族の姿をいつか書かなければと、長年の宿題でした」
小説では元記者が、サハリン旅行で事件と、その後の日々を振り返り、現地で聞いた信じがたい後日談にまた思いを揺らす…。
きっかけは一昨年12月のサハリン旅行。出発前、遺族の文集「暗い海の記録」を再読し、「琴線にふれ、自分も」と執筆を決めた。旅の途上で知った、事件に対する事実解釈の違いや、長年一人で抱えてきた遺族取材の秘話も織り込んだ。
「国家の壁、防衛機密の壁で、遺品も遺体も帰ってこないうえ、真相も解明されないまま闇に葬られた。語り継ぐ遺族の多くは亡くなっている。国家とは、ジャーナリズムとは何かという問いかけもあります」
若い頃から志していた小説執筆を始めたのは52歳のとき。以来、断続的に執筆し、第1小説集の本書には表題作のほか同人誌「山形文学」掲載の3編も収録した。懸案の大きな荷は下ろしたが、書きたいテーマは「山ほどある」とも。
「今まで怠け過ぎた…。夏休みが終わり、宿題の空白を前にうろたえているといったところでしょうか」(論創社・2000円+税)
三保谷浩輝
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【プロフィル】滑志田隆
なめしだ・たかし 昭和26年、神奈川県生まれ。早大卒。53年入社の毎日新聞で社会部、科学環境部、山形支局長など。平成20年退職後、公的研究機関勤務などを経て現在はフリー。