戦争の狂気を鋭く暴く 極北の心理サスペンス

レビュー

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生き残り

『生き残り』

著者
古処, 誠二, 1970-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041071076
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

戦争の狂気を鋭く暴く 極北の心理サスペンス

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 前作『いくさの底』は、戦争ミステリの傑作と高く評価されて二冠を獲得したが、本書の出来もそれに勝るとも劣らない。わずか200ページの長編ながら、全編にすさまじい緊張感が漲(みなぎ)り、重量感たっぷり。

 もっとも、書き出しはさりげない。〈ひとりでも兵隊とはこれいかに。/そんな謎かけを入れた落語もあるほど兵隊という言葉は奇妙である〉

 言われてみればその通りだが、そんな疑問のすぐあと、小説は、〈丸江(まるえ)たちがサガインで出会った兵隊は、ひとりでいたことからして奇妙だった〉と続く。舞台は、太平洋戦争末期の北ビルマ。米支軍との戦いで敗色濃厚の日本軍は、装備も糧食も乏しいまま、マラリアや“ビルマ腐れ”と呼ばれる感染症などの熱帯病に悩まされ、ゲリラに襲われながら、転進という名の撤退を続けている。

 丸江と戸湊(とみなと)伍長がイラワジ河畔で遭遇した兵隊は、独歩患者6名から成る分進隊の生き残りだという。以下、本書は、この“兵隊”がなぜひとりになったか、彼ら“不運な分進隊”が体験した苛酷な転進の経緯をカットバック形式で描いてゆく。

 経験の乏しい見習士官をあてがわれ、250キロ彼方のマンダレーを目指していた分進隊は、急造の筏(いかだ)でイラワジ河を下る途中、敵機に襲われる。筏を捨て、死にもの狂いで中州へと泳ぎ着くが、2名の犠牲者が出た。ひとりは頭部被弾。が、残るひとり、朝永(ともなが)伍長の遺体に刺し傷があることを見習士官が発見する。誰が殺したのだと問いただす士官。これは殺人なのか? 河の両岸にはゲリラが潜み、中州からの脱出もままならない。絶望的な状況下で、次々に新たな死者が……。

 一種のクローズドサークルものだが、前作ほど明確に本格ミステリの形式を採用しているわけではない。それでも、最後に明かされる動機と、“兵隊の論理”の異質さが読者に重い衝撃をもたらす。戦争の狂気を鋭く暴く、極北の心理サスペンス。

新潮社 週刊新潮
2018年9月20日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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