【文庫双六】「川端」と同じ霊園に眠る「周五郎」の1冊――北上次郎

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さぶ

『さぶ』

著者
山本 周五郎 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101134109
発売日
1965/12/28
価格
693円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「川端」と同じ霊園に眠る「周五郎」の1冊

[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)

【前回の文庫双六】川端が惹かれた、死の床で歌を詠む美貌の歌人――梯久美子
https://www.bookbang.jp/review/article/558274

 ***

 川端康成の墓は、鎌倉の小高い丘の上にある。富士山を望む広大な敷地の一角に静かに眠っている。同じ霊園に眠る作家は少なくないが、そのうちの一人に山本周五郎がいる。作品のジャンルは異なるが、川端康成(明治32年~昭和47年)と山本周五郎(明治36年~昭和42年)は、実はほぼ同時代を生きた作家なのである。

 山本周五郎で思い出すのは、1968年から1970年にかけて刊行された『山本周五郎小説全集』(全33巻別巻5)だ。これを私は揃えたのである。全部パチンコ店で。

 当時、景品交換所に書籍を常備しているパチンコ店は都内に数軒あった。神保町の人生劇場、新宿の大ガード横にあったニューミヤコセンター(いまは違う店名になっている)、そして高田馬場駅前の国際センターである。これ以外にもあったのかもしれないが、私が知っていたのはその3軒だ。そのうちの国際センターで、私は新潮社版の『山本周五郎小説全集』を揃えた。当時勤めていた会社が新宿にあり、毎日帰りに国際センターに寄って数冊ずつ揃えたのだ。

 パチンコがうまかったわけではない。ただ、今は知らないが、当時はじっと我慢して打ち続ければ必ず出てくる台が結構あった。夕方から11時ごろまで打って、ようやく2箱という日もあったから、効率は悪かったと思う。そんな時間があったなら、早く帰宅して本を読んでいればよかった、と思わないでもない。しかし二十代半ばの私は、夢もなくビジョンもなく、時間だけはたくさんあったのである。パチンコ店で過ごす怠惰な時間が好きだった。『山本周五郎小説全集』を全巻揃えたときの嬉しさは、いまも記憶に鮮やかだ。

 その全集を読み始めたのはそのあとで、本来なら代表作の『樅ノ木は残った』をあげるべきかもしれないが、ここでは『さぶ』をあげておく。あの友情の風景がいまも気になっているのである。

新潮社 週刊新潮
2018年9月20日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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