存命中に自分の名を冠した文学賞、「角川春樹小説賞」
[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)
生前に自分の記念館を建ててしまう有名人は、税金対策の意味もあるのか、そんなに珍しくもありませんが、こと文学賞に関しては、なかなかの稀少物件だったりいたします。思いつくのは大江健三郎賞と小松左京賞。両賞とも現在はありませんが、存命中に自分の名を冠した賞を設立し、選考にまで加わる(大江氏の場合は一人で選考)というスタイルは同じ。
普段の毒舌キャラが災いして、トヨザキはその手の賞を自己顕示欲をネタに笑いものにしたいのかという誤解を受けそうですが、その反対、大賛成なのであります。もっと増えればいいと思っているのであります。
人気や実力のある大御所が賞を設立して、有望な新人を発掘したり、授賞によって励ましたりする。いいじゃないですか。しかも選評を読むことで、その作家の生々しい文学観に触れられる。いいことずくめです。
というわけで、今回は角川春樹小説賞をご紹介いたします。株式会社角川春樹事務所が主催。未発表の長篇エンターテインメント作品が対象で、プロ・アマ問わず応募できる公募型文学賞です。第二回受賞作決定後、しばらく中断していましたが、二○一○年に再開。この五月には第十回受賞作が発表されました。
選考委員は、ご本人の角川春樹と北方謙三、今野敏。ただ、「この賞で登場する作家によって、エンターテインメントの新しい地平が切り拓かれんことを願ってやみません」という角川氏の創設の言に反して、これまでの受賞作を見るかぎりにおいては、受賞者のその後はぱっとしません。
正直、期待もせずに最新の受賞作、今村翔吾『童の神』を読んでみたところ……これがいいんですよ。選考委員全員が激賞しているだけあって、平安時代に「童」と呼ばれて京人から差別されていた先住者たちの、朝廷軍に挑む決死の戦いを描いて胸熱。差別やヘイトが横行する現代社会へも、鋭い切っ先を向ける読みごたえある時代小説になっているんです。もしかしたら直木賞の候補にも挙がって、角川春樹小説賞をブレイクさせてくれるかも。そんな期待もかけられる、素晴らしい受賞作なのです。