三部作の完結篇にして「葉室麟」遺作 帯に記された作者のことば

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影ぞ恋しき

『影ぞ恋しき』

著者
葉室 麟 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163908953
発売日
2018/09/13
価格
2,145円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

〈いのち三部作〉完結篇にて葉室麟、最期の長編――

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

 本書『影ぞ恋しき』は、『いのちなりけり』『花や散るらん』と続いた、葉室麟の、いわば〈いのちの三部作〉ともいうべき連作の完結篇で、遺作である。

 私は、『いのちなりけり』を読んだ折、この作品にとことん惚れ込み、直木賞を逸したとき、手前勝手な義憤を感じ、文庫本の解説に、これは直木賞にとっての瑕瑾であっても葉室麟にとってのそれではない、と書かずにはいられなかった。

 そして、昨年の十二月二十三日、作者が急逝した際、不遜にもいちばん気になったのは、本書が完結したか否かであった。昨年七月三十一日、作品は見事に完結していた。

 従って編集者から、今度の巻頭書評は何にしますか、と問われて、とっさにこの一巻の題名をあげたものの、次の瞬間からとたんに後悔がはじまった。本の帯に「わたし自身が自らの人生について考え出した解答である」と作者の文言が記してあるではないか。何しろ葉室麟は、五味康祐以来の教養と詞藻(しそう)の持ち主である。そんな作家が生命懸けで書いた作品と渡り合うことができるだろうか。

 私は虚心坦懐に一巻目から読みはじめた。『いのちなりけり』は、主人公・雨宮蔵人(くらんど)が、龍造寺家庶流の娘・咲弥(さくや)の婿になるところからはじまるが、その咲弥から自分の心を表す和歌をあげてもらうまでは、寝所をともにしない、と宣言されてしまう。そして蔵人は、十七年かかって、一首の歌を咲弥に捧げる、という、時代小説史上、類を見ない純愛小説である。もちろん、その一方で、幕府と朝廷の政争というチャンバラ小説の要素もたっぷりと盛り込まれている。

 続く第二作『花や散るらん』は、奇縁によって、蔵人と咲弥の養女となる吉良上野介の孫・香也(かや)が、赤穂浪士の討入りを目のあたりにする物語である。

 そして完結篇『影ぞ恋しき』は、その四年後、鞍馬山で暮らす蔵人らのもとに吉良家の家人(けにん)であったという冬木清四郎が訪ねてくることで幕があく――。本書は、三度(みたび)勃発する幕府と朝廷の抗争をはじめ六百ページ近い大部の一巻の中で様々な物語が展開する。その中で、手巾を用意しなければならないのは、ラストの湊川の対決へ向けて放たれる人々の言(こと)の葉(は)――これは敵味方を問わない――の数々。

 そして深手を負った蔵人の元へ、私は夫が十七年かけて贈ってくれた歌に返歌をしていなかったと急ぐ咲弥。紛れもない名作の完結である。

新潮社 週刊新潮
2018年9月27日秋風月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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