物語の中で描こうとした「自由」を求める「抵抗」と、作者も無縁じゃなかった『雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール』刊行記念インタビュー 呉勝浩

インタビュー

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雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール

『雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール』

著者
呉勝浩 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334912383
発売日
2018/09/20
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

物語の中で描こうとした「自由」を求める「抵抗」と、作者も無縁じゃなかった

[文] 光文社呉勝浩(作家)

『雛口依子(ひなぐちよりこ)の最低な落下とやけくそキャノンボール』刊行記念
呉勝浩 メールインタビュー

冒頭から度肝を抜かれ、なんだかわからないけれど読み進める手を止められず、気が付いたら「なんなんだこれは! 面白すぎる!」と全身を興奮の稲妻が駆け抜ける超ド級エンタテインメント小説、通称“雛キャン”。ある猟銃乱射事件に巻き込まれた女性と、犯人の妹が事件の真相を追っていくストーリーラインだが、文体、構成、展開、キャラクター、すべてが規格外。その誕生秘話を大公開!

 ***

Q1
これまでと作風がガラッと変わった印象の本作ですが、
どのような心境で書かれたのでしょう?

 わたしは主にミステリーという枠の中で、現実に基づいた小説を書いてきました。「社会派」と呼ばれる題材を扱ったり、警察小説だったりです。そういった作品だと、いい加減なことは許されません。たとえば防犯カメラですが、ミステリーなのだから防犯カメラに犯人が映ってました、一件落着――とならないことは読者もわかっているはずで、そもそもそんな展開を期待していない。しかし「なぜ防犯カメラに映っていないのか」をしっかり説明しないとミステリーとしては成立しない。細部を的確に埋めていくことは、大切でやりがいのある仕事なのですが、あるとき、少しばかり倦(う)んでしまったんです。

 もっと自由がほしい。もっと好きなように書いてみたい。

 ちょうど前の作品が一区切りついて、光文社の依頼を思い出し、ならばやってみようと書き始めたんです。とはいえ初めはもっと落ち着いた作品のつもりでした。それが冒頭の事故のシーンを思いつき、一気に視界が開けた気がして、完全に腹を括(くく)った。いけるとこまでいってみよう、と。五分の一くらい書いたところで一方的に送りつけたものだから、「なんだこいつ、突然」と思われたんじゃないでしょうか。そしてきっと、「なんだ、この小説は」とも思ったはずです。聞いてない、と(笑)。

 わたし自身この作品の書き方が受け入れられるのか不安はあって、「全ボツでもかまいません」と断りを入れていました。ただもうこの時点で、これは絶対書き上げようという気になっていたので、その後「よくわからないけど面白そうなので進めてください」という困惑気味のOKをもらい、とてもうれしかったのを憶えています。

 初めこそ自由を謳歌しているつもりでいましたが、結局、とても苦しい執筆になりました。まともじゃないキャラクター、まともじゃないシチュエーション、悲惨な展開……。それをユーモラスな記述で語っていくという、やったことのないスタイルに加え、このまともじゃない世界をぶっ壊すパワーを見つけねばならなかった。そうしないと単なる悪ふざけの残酷物語で終わってしまう。それだけは絶対に嫌でした。物語の中で描こうとした「自由」を求める「抵抗」と、作者も無縁ではなかったわけです。

Q2
書きたいネタというのは日ごろからストックされているのですか?
それとも書いているうちに出てくる感じですか?

 どちらもあります。ニュースに限らず小説、映画、漫画、わりと雑食にいろいろ手をだすほうです。あまりプロットを組まずに進めていくタイプなので、書きながら思いつくほうが多いかもしれません。

 基本的に事件そのものより、そこに関わった人間たちの心情や感情に興味があります。加害者にせよ被害者にせよ捜査関係者にせよ、ある出来事に直面した時に何を感じ、何を思うか。大げさに言えば「価値観の揺れ」のようなものを書きたくなるんです。

『雛キャン』に関しては、特にキャラクターから発想して作っていきました。主人公の依子と兄貴が最初にあって、次に家族が出来上がり、葵(あおい)ちゃんを見つけた時に「これはやっかいな仕事になるぞ」と感じました。実は葵ちゃんはもともと依子の性格の一部として考えていたものを切り離し独立させた人物なんですが、思いのほか勝手にしゃべる(笑)。これを活かせるかどうかで、成否が決まる予感があった。「陽」の面を葵ちゃんに任せることで、依子の「陰」を深掘りできるんじゃないかと思ったんです。

 すると依子はどんな「陰」を背負っているんだろう。たぶんそれは、わかりやすい「罪」ではない。もっとどうにもならない、抵抗しようのない、抵抗自体が虚しいような何かだろう。そんなふうに考えを進め、たどり着いたのが「自分が被害者だと自覚すらできない環境」でした。

 監禁・洗脳は自由を奪い、意志を挫(くじ)く行いです。尊厳の剥奪です。依子にはそれが当たり前すぎて、奪われている自覚がない。抵抗の発想すら生まれない。それでも抵抗してほしい。現実社会においてはなかなか難しい要求ですが、なんとか果たしてほしい。これが作者の願いであり、きっとフィクションの力なのだと、わたしは信じています。

Q3
執筆中、一番苦労されたことは?

 どういう結末をつけるかで本当に悩みました。執筆開始の時点で「ハッピーエンドにしよう!」と決めていたのですが、進めていくうちにぜんぜんそんな雰囲気じゃなくなってしまって。冒頭の事故のシーンへ戻ってクライマックスにつなげる構想はあったのですが、どうつなげていいものやら……。ふつうに考えるとバッドエンドか、微妙で曖昧な決着になりそうでした。そういう結末も嫌いじゃなく、実際わたしの著作にはそんなものが多い。けれどこの作品は、もっと明確なハッピーエンドにしたいという思いが強くて、ほとんど「決まり」のように自分へ課していました。「あの事件」が起こった時点で一度担当さんに読んでもらい、「ハッピーエンドにするつもりです」と宣言したのですが、信じてもらえなかった(笑)。わたしはわたしで偉そうに宣言したはいいものの、どうしていいのやらわからず、一週間近く筆が止まってしまいました。あーでもない、こーでもないと考え、いよいよ駄目かというところで助けてくれたのはキャラたちでした。

 リツカという女の子が残したメッセージに気づいた時、立ち上がれる気がしたんです。もう一人は葵ちゃん。この子なら遠慮なく無責任に、依子の手を引っ張っていってくれる。我ながら綱渡りのような執筆でしたが、かなり満足のいくラストになってほっとしています。

Q4
タイトルもかなり変化球です。どんな思いでつけたのですか?

 コメディっぽいテイストがいいと思って、初め『雛口依子の愛と冒険』という、あえてダサいタイトルをつけていました。わたしはだいぶ気に入っていたのですが、出版社から「ダサすぎます」と突っ返されて(笑)。

 今回の場合は「雛口依子」だけは絶対に入れたいと思っていました。初めての一人称小説でしたし、この子の闘いを描いた作品なのでそこは譲れませんでした。あとやはり、テーマと結びつけたかった。冒頭から落下は彼女の運命を象徴しており「最低な落下」はわりとすぐ出てきました。実は作中に出てくるアメリカのバンド「ナイン・インチ・ネイルズ」にも似たような曲名があるんです。わたしが「ナイン~」を出したのは思いつきだったのですが、担当さんはライブにも行ったことがあるほどのファンだった。運命的です(笑)。

 問題は、この作品のもつ勢いや推進力、最終的にたどり着く前向きさをどう表現するか。ボウリングや銃弾といった小道具から「キャノンボール」が、そして午前二時のテンションで「やけくそ」が生まれました。最低な落下のあとは、キャノンボールのように突っ走れ。やけくそだって意志なんだ。そんな思いがこもっている――はずです。

Q5
発売前に書店員さんたちにゲラを読んで集まっていただき、販促会議を開きました。事前アンケートや(その後の懇親会含む)会議での書店員さんたちのご意見・ご感想を聞かれていかがでしたか?

 まず、こうした機会を設けてくれたこと、そして多くの書店員さんが参加してくれたことが純粋にうれしかったです。何しろ作品の内容が内容ですから(笑)、はたして興味をもってくれる人はいるのかと心配していたので、席の埋まった会議室をのぞいた時は感激しました。「本を売るプロ」のみなさんの率直な意見を知ることができたのも貴重でした。いや、ほんとに容赦がなく(笑)。むしろそれを望んでいたのでとても勉強になりましたし、作品の中身に関わるサジェスチョンを採用させていただいたりもしました。

 本が売れない時代と呼ばれて久しいです。現状はなかなか明るい未来が見えにくい。わたしもご多分に漏れずです。大きな変革も必要かもしれませんが、その前にまだ、できることはあるのかもしれません。少なくともその可能性、「熱」にふれられたのも大きな収穫でした。

Q6
ミステリーなのか何なのか、ジャンル分けできない! という声が多く聞かれました。ミステリーへのこだわりというのはありますか?

 単純にミステリーが好きなんです。読むのも書くのも楽しい。もともとわたしは有栖川有栖(ありすがわありす)先生から読書を始め、その後、メフィスト賞に応募していた人間です。読み手としても書き手としても、決して特化しているわけではないですが、逆にミステリー要素を全部失くせと言われたら途方に暮れるかもしれません。

 今回の作品も要素としてのミステリーは随所にあると思っています。同時に違う挑戦もしてみたくて記述の仕方やキャラクターの描き方を変えてみたわけですが、根本のところは変わっていない気がします。デビュー後、これまであまり読んでこなかったタイプの小説に目を通す機会が増え、挑戦したいことも増えました。「挑戦」はわたしが物書きとしてもっているポリシーの一つです。ただ、発想の基本はミステリー的だなあと思います。内容に限らず、たとえば「悲劇的な作品」を「ふざけた文章で書く」ことに面白さを見出したり、効果を見出したりというのは、意外性を重んじるミステリーの考え方じゃないかなと。

 ともあれミステリーという言葉の射程は広大で、一生かけても泳ぎ切ることは不可能ですから、挑戦のし甲斐があるってもんです。この先、自分の作風がどうなるのかわたしが知りたいくらいですが、ミステリー愛と挑戦の心は失くさずに書き続けていきたいですね。

Q7
今後、どのような作品を書いていきたいですか? 『雛キャン』のような作品を、と言われたらまた書けるものでしょうか(笑)?

『雛キャン』は二度と書けない(笑)。わたしはまだシリーズ物を書いたことがないんです。スピンオフの短編はありますが本にはなっていない。目移りする性格なのかもしれません。

 一方、続編は常に頭の中で妄想しています。これまで書いてきたすべての作品で考えています。デビュー作の『道徳の時間』ですら、続編を書けると思ってますから。そんな妄想の中でも、『雛キャン』には強烈に惹かれています。依子と葵ちゃんに今度は何をやらせようか。あれもいいこれもいいと夢想してしまう。それほど二人のキャラクターに思い入れがあるんです。あの二人ならなんでもやれるという期待感もある。本当にやらせようと思ったら絶対しんどい作業になるとわかってはいるんですが……読んでみたい気持ちに嘘はつけない。さてどうなるやら(笑)。

 次回作は若者二人の痛快クライムサスペンスの予定です。ど真ん中のエンタメを自分なりにやってみたい。依子と葵ちゃんとはまた違うテンションのバディ小説になるはずですが、まあわたしのすることなので本当に「痛快」で「ど真ん中」なエンタメになるか、保証できません。

 その次に一回、ずっしりヘビーなやつに取り組もうと考えています。作風があっちへいったりこっちへいったりで戸惑う方もいらっしゃるでしょうが、ある意味それが自分の自分らしさな気もしています。「呉勝浩」という物書きの文脈というか、トータルで楽しんでもらえる読者がいてくれるとうれしい。そのためにも一作一作、挑戦していこうと思います。

Q8
最後に読者の方へのメッセージをお願いします!

 この作品は行儀の良い小説ではありません。読者の頭に全力投球、危険球で一発退場みたいな作品です。様々な思いを込めていますが、一番は、「面白く読んでほしい」に尽きます。内容からすると不謹慎な気もしますが、だからこそ「面白くあれ」を目標にしました。不快に感じる方、眉を顰(ひそ)める人もいるでしょう。人に勧めやすい小説ではないかもしれない。けれど読み終えた時「面白かった」、そしてそれ以上の何かを伝えられると信じています。本気の一作です。騙されたと思って手に取って、そしてぜひ、最後まで読んでみてください。

光文社 小説宝石
2018年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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