「周五郎少年文庫」刊行の意義――山本周五郎『周五郎少年文庫 黄色毒矢事件 少年探偵春田龍介』

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周五郎少年文庫 黄色毒矢事件

『周五郎少年文庫 黄色毒矢事件』

著者
山本 周五郎 [著]/末國 善己 [編集]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101134710
発売日
2018/09/28
価格
637円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

「周五郎少年文庫」刊行の意義

[レビュアー] 末國善己(文芸評論家)

 山本周五郎の探偵小説に興味を持ったのは、権田萬治・新保博久監修『日本ミステリー事典』(新潮選書)で周五郎の項目を書いた二〇〇〇年頃でした。雑誌「幻影城」の特集「山本周五郎探偵小説集」(一九七五年九月号)を読んでいたので、戦前の周五郎が、少年少女雑誌に数多くの探偵小説を書いていたことは知っていました。ただ戦前の少年少女雑誌は散逸が激しく、いくつかの図書館にあった、わずかな資料だけで項目を書くことになってしまいました。それに忸怩たる想いがあり、いつか周五郎の探偵小説を完全な形で紹介したいと考えるようになりました。

 それから五年後、作品社の担当者と話し合い『山本周五郎探偵小説全集』を企画しました。当初は同社から刊行していた『国枝史郎探偵小説全集』などと同じく、四百字詰めの原稿用紙に換算して一五〇〇枚で一冊の予定でしたが、作業の途中で、戦前の周五郎が最も多くの作品を発表した「少年少女譚海」を大量に所蔵している資料館を発見。さらに古書店で戦前の雑誌を購入したところ、これまでどの書誌にも記載されていない周五郎の探偵小説が掲載されていた偶然なども重なり、続々と作品が集まっていきました。

 結果的に『山本周五郎探偵小説全集』は全六巻+別巻の大部になり、六〇編を超える長短編が収録できました。これは周五郎が残した探偵小説の九割以上にあたるので、ようやく周五郎の探偵小説の全体像が概観できるようになりました。

 ただ作品の探求は、これで終わりではありませんでした。

『山本周五郎探偵小説全集』の巻末には、入手できなかった雑誌のリストを掲載し、所在をご存知の方はご一報くださいとの告知を行いました。刊行からしばらく経過した二〇一〇年、新潟県在住の読者の方から「少年少女譚海」の一九三二年八月号の第二附録を所有しているとの連絡をいただきました。それは周五郎が生み出した少年探偵・春田龍介ものの短編のはずだったのですが、送っていただいたコピーには甲野信三「少年探偵 黄色毒矢事件」とありました。読んでみるとやはり龍介ものだったので、甲野信三がこれまで知られていなかった周五郎のペンネームであると判明したのです。

 新たなペンネームの発見により、探偵小説と時代小説をあわせ一六作の長短編の所在が確認できました。また「黄色毒矢事件」の発見を報じた「読売新聞」(二〇一一年六月一八日)を目にとめた読者の方から、やはり未入手だった「新少年」(一九三七年六月号)をご恵贈いただきました。「新少年」は「少年少女譚海」以上に散逸が激しいのですが、古書店で周五郎の探偵小説が掲載された「新少年」を二冊購入するなど、全集の完結後も作品の収集は進めていました。

 二〇一八年九月から全五冊の予定で刊行する「周五郎少年文庫」は、『山本周五郎探偵小説全集』に新発見の資料を加えて再編集した、まさに決定版の“周五郎探偵小説全集”となっています。今回が初収録の作品には、春田龍介シリーズの名作で、本格ミステリーとしても完成度が高い「黄色毒矢事件」(『黄色毒矢事件』所収)、短編らしくシンプルで切れ味鋭いトリックが出てくる「河底の奇蹟」(『殺人仮装行列』所収)、呪いの木乃伊(ミイラ)を日本に持ち帰った考古学教授の屋敷で奇怪な事件が相次ぐ「木乃伊屋敷の秘密」(『木乃伊屋敷の秘密』所収)、迫力ある戦闘シーンの中に、戦争の悲劇を織り込んだ「壮烈砲塁奪取」(『少年間諜(スパイ)X13号』所収)、ドイツ戦艦に潜入したイギリス人スパイを主人公にした異色作「義務と名誉」(『南方十字星』所収)など傑作が揃っているので、刊行を楽しみにお待ちください。

 周五郎は、戦時中も時局とは一定の距離をおいていたとされています。それは、銃後の妻に倹約、忍耐、貞淑を説いたと見せかけながら、時流に流されず、信念を持って力強く生きる女性たちを描いた時代小説の連作集『日本婦道記』を読めば明らかでしょう。ただ周五郎の探偵小説には、愛国心あふれる少年が、海外に飛び出し日本の敵と戦うという当時の国策に沿った物語も少なくありません。ここには時流に逆らえなかった苦悩と共に、国策的な物語であっても手を抜かず、読者を喜ばせるため全力を尽くした周五郎の姿も見えてきます。周五郎が戦中に何を想い、それが戦後の名作にどのような影響を与えたかを知る上でも、「周五郎少年文庫」は重要な役割を果たすと考えています。

新潮社 波
2018年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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