『異端の時代』 森本あんり著

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『異端の時代』 森本あんり著

[レビュアー] 三浦瑠麗(国際政治学者・東京大講師)

日本に欠ける正統概念

 愚かだと片づけられがちな反知性主義を、既成秩序を破壊しつつ更新する運動として位置付けた著者が、正統と異端について考察を深めた。正統なき所に異端は生まれない。そこで、両者の発生メカニズムを説明したのが本書だ。

 丸山真男は、西洋の正統概念を二つに分け、「O正統」を教義や世界観を中心とするオーソドックスなものとして整理し、それが日本に欠けているとした。日本に大きな革新が起こらないことへの説明である。

 しかし、宗教の歴史を探ると正統は教義から生じるのでもないし、正典から生じるのでもないのだという。権威ある人物が定めるのでもない。著者は、正統は長い時間をかけ大衆の中に確立してきたものであり、凡俗に宿るとする。

 そうしてできあがったものに形が与えられ、正統となる。政治とは異なる宗教の価値軸があったからこそ、正統を形作る要素が複数存在した。またそれゆえ、日本には政治論を超えた価値軸がないのだという。確かに、下克上だけの論理では、秩序破壊と創造を共に成し遂げる異端とはなりえないだろう。

 ただし、真の異端が生じにくいのは日本に限らないという。情報化と大衆化により、「異端らしさ」のハードルが下がり、個人が自らの価値観を主張できる時代になったからだ。だが、現代社会では宗教や確立したイデオロギーが欠如しており、大衆運動はすぐにお上叩(たた)きへと向かう。

 著者は、トランプ現象は真正な異端ではないと手厳しい。確かに場当たり的で、単に正統への否定を繰り返している感は否めない。しかし、民主化運動に直面した十九世紀のエリートの憤慨を考えるとき、私は最後に一つの疑問を呈さざるを得ない。現代の政治現象は本当に、その裏に真の異端思想を孕(はら)んでいないだろうか。異端の生成過程にはデマゴーグも帯同する。そこを考えてみたいと思わされた本であった。

 ◇もりもと・あんり=1956年生まれ。国際基督教大教授。専攻は神学・宗教学。著書に『反知性主義』など。

 岩波新書 860円

読売新聞
2018年9月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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