『風の演劇 評伝別役実』 内田洋一著

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風の演劇

『風の演劇』

著者
内田 洋一 [著]
出版社
白水社
ジャンル
芸術・生活/演劇・映画
ISBN
9784560096505
発売日
2018/08/23
価格
4,536円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『風の演劇 評伝別役実』 内田洋一著

[レビュアー] 本郷恵子(中世史学者・東京大教授)

不条理をたどる不条理

 電信柱とベンチだけが置かれた空間を、風が吹き抜けていく。名前を与えられず、ただ「男1」とか「女1」と指定された登場人物たちが、電信柱の下にゴザを敷いて、お茶を飲んだり、おにぎりを食べたりする。舞台の上で展開する状況は、たいへん切迫しているようでもあり、奇妙になごやかなようでもある。おっとりとした台詞(セリフ)回しや超然としたたたずまいで、後者の要素を成り立たせていたのが、岸田今日子と中村伸郎だった。

 別役実は1961年の「AとBと一人の女」以来、不条理劇を書き続け、わが国の演劇史上に大きな足跡を残してきた。本書は、その別役実という存在を核にしてまとめられた時代史である。別役の生涯や作品を追いながら、それぞれの時代の世相を描き、演劇と社会との関係をひもといていく構成をとる。一般的な伝記よりも、あえてフォーカスを甘くして、別役の周りに吹く風をとらえようとしたといえるかもしれない。

 別役実は、1937年に満州国の首都新京(現在の中国・長春)で生まれた。彼(か)の地で父を亡くし、母は一人で5人の子供を連れて引き揚げてきた。その後も各地を転々としたので、故郷と呼べる所はないという。茫漠(ぼうばく)と広がる大陸の風景と乾いた気候、戦後のよそ者めいた暮らしは、宇宙へのつながりを感じさせる彼の舞台空間や、さまよう人物像に反映されている。そして「子どもの頃のヒーローはなんでしたか」という質問に対する答えは、「スパイ」。

 不条理劇の内容を説明するという行為そのものが不条理である。そして、その作者は作品以上につかみどころがない。

 別役は現在パーキンソン病を患っており、「野垂れ死にしたい」と盛んに口にしているそうだ。別役さん、どうかそんな哀(かな)しいことを言わないでください。でも、もしもそうなったら、あなたが死んだ場所には小さな花が咲き、きれいなタマシイのように揺れることでしょう。

 ◇うちだ・よういち=1960年生まれ。日本経済新聞社編集委員。著書に『現代演劇の地図』『危機と劇場』など。

 白水社 4200円

読売新聞
2018年9月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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