残酷!陰惨!そして倫理!――『真犯人の貌 川口事件調査報告書』著者新刊エッセイ 前川裕

エッセイ

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真犯人の貌

『真犯人の貌』

著者
前川裕 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334912437
発売日
2018/09/20
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

残酷!陰惨!そして倫理!

[レビュアー] 前川裕(作家)

 私の作品は横文字のタイトルが多い。私の長編作品のタイトルで、カタカナ英語がまったく含まれていないのは、『死屍累々(ししるいるい)の夜』などごく限られている。そして、他人の評価はともかく、過去の自分の作品で一番好きなものを一つだけ挙げろと言われたら、私はおそらく『死屍累々の夜』を選ぶだろう。だが、その残酷度と陰惨度も飛び抜けているのは確かだ。

 私のデビュー作『クリーピー』を原作とする黒沢清(くろさわきよし)監督の『クリーピー偽りの隣人』が韓国でも上映されたこともあり、昨年、私は韓国外国語大学で開かれた日本文学のシンポジウムにゲストスピーカーとして招待された。その際、講演終了後の質疑応答で『死屍累々の夜』について、「何故そんな残酷な世界を描くのか」という趣旨の質問をソウル大学の若手教授から受けた。『クリーピー』だけでなく、この作品も韓国語に翻訳されていたため、質問者は韓国語で読んでいるようだった。

 別に悪意のある質問ではなかった。ある意味では鋭く本質を衝(つ)く質問だったとも言える。誌面の制限があるので、私の複雑な答えすべてをここに書き記すことはできないが、私が「倫理」というキーワードを使って、その質問に答えたとだけ言っておきたい。

 今回の新作は、フェイク・ドキュメンタリーという技法上も、また飛び抜けた残酷度や陰惨度という点でも、まさに『死屍累々の夜』の系譜に直結する作品である。読者の批判は覚悟の上で、私はこの作品を書いた。「残酷で陰惨に過ぎる!」という読者の声は想定内だ。この作品では、極端な残酷さや陰惨さを通して、「真犯人の貌(かお)」が得体の知れない気味悪さを伴って浮かび上がってくる。しかし同時に、その一瞬、忘れられていた人間の倫理観が回復されるのだ。私の言う「倫理」の意味が少しでもこの作品の背後に透けて見えるとしたら、私にとってそれは望外(ぼうがい)の喜びである。

光文社 小説宝石
2018年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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