『洗濯屋三十次郎』
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魔法のしみ抜きで救われる人々
[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)
隣の駅は市外局番が03じゃないけど東京都、という横浜市の郊外、若菜商店街に中島(なかじま)クリーニングはある。
先代の店主、中島洋二郎(ようじろう)から四十年以上もこの店に仕える荷山長門(かやまながと)は今日も染み抜き専用の作業台に立っている。長門の曽祖父は十九世紀半ば過ぎに横浜に来た異人で、彼も薄く青みがかった灰色の瞳で七十歳過ぎても女性からもてている。
今の店長は先代の次男である29歳の三十次郎(みそじろう)。兄の醤生(ひしお)が一度は跡取りとなったものの、オーストラリアにクリーニングの新天地を求めて旅立ってしまったため、仕方なく戻ってきた。長門に付いて修業中の身だが、幼馴染の民子(たみこ)がシングルマザーで近くに住んでいるのが気になって仕方ない。民子の娘、菜子(なこ)も常連だ。
活気のない商店街にあるこの店だが、長門の染み抜きの腕を求めて様々な客がやってくる。染みの種類を見極めて、慎重に薬剤を調整し落としていく。何の染みかわからなければかえってファイトが湧く。三十次郎はまずアイロンの技術の習得から始めた。
洗濯機でぐるぐる回し、あとは干すだけで着られる洋服が主流になってしまった現代、クリーニング屋に頼むものは限られている。大事なものこそ、きちんと綺麗にしたい。染みがなかった、前の真っ白な状態にしたい。でもその染みが思い出に繋がることもある。一つの染みだけ残して、あとは綺麗にして欲しいという難問も中島クリーニングでは引き受ける。染み抜きは魔法のようだ。
キーパーソンは色気と知識のある老人の長門だ。彼の生い立ちの秘密を探りつつ、長門の優しさとクリーニングの腕で人は救われていく。亀の甲より年の劫(こう)。こういう老人を目指したい。