酒から教わった大切なこと 東理夫(ひがしみちお)著

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酒から教わった大切なこと 東理夫(ひがしみちお)著

[レビュアー] 浦崎浩實(映画評論家)

◆酩酊誘う芸術書の味わい

 酒飲みにさらなる精進を促し、下戸に地団太(じだんだ)を踏ませ、私のような、酔えればいいだけの下流の酒飲みを完膚なく打ちのめす一書。酩酊(めいてい)を誘うような文章で、読後、私は中流(上流は無理としても)の酒飲みの仲間入りができたかも?

 サブタイトル「本・映画・音楽・旅・食をめぐるいい話」にくっつけて、キャッチコピーのように“Liquor,The best poison we have ever had”と謳(うた)う。“酒よ、至高の毒よ”と取りあえず、訳しておきます。

 このコピーとタイトル通りの内容で、読んだ本、聴いた音楽・落語、観(み)た映画・絵画から、酒にまつわるものを紹介し、旅・食もそれらの鑑賞を踏まえている。新聞・雑誌の連載コラムがメインで、見開き二ページの文章が百篇余、少し長めのエッセイが八篇という構成で、見開き完結が読むリズムに心地いい。

 つまり酒一辺倒ではなく、酒に名を借りて芸術ジャンルを語っているような、酒と他の表現分野の、主客の怪しげな(?)ところが、本書の魅力の一つ。酒飲みのクダを巻いた著書ではなく、芸術書を読んでいるような戸惑い(!)さえ覚える。

 映画の中の酒など“飾り”くらいに思っていたが、事細かく観ているのですね。ウンチクたっぷりなのに、ウンチク臭くないところは、さすが。文章が簡潔で、慎み深く、“通”っぽさをひけらかすことなどない。

 それにしても、酒って、こんなに種類豊富なんですか。本書に出てくる酒の数はいったいどのくらい? 世界中の酒を渉猟している観があり、そのコクを語り、香り、成分、成り立ちを詳述し、立ち寄るバー、酒場の匂いも伝える。むろん、酒の肴(さかな)、食についても同様だが、著者は決して神経質ではない。

 本書ではしばしば“おとこ”という語が酒にリンクされる。ダンディズム? いや、求道精神か。ただし堅苦しくない求道。酒は酔いつつ、大切なことを学ぶものなのだった。このボリュームです、本書の定価にも感銘。

 (天夢人発行、山と溪谷社発売・1620円)
 1941年生まれ。作家・エッセイスト。著書『アメリカは食べる。』など。

◆もう1冊 

坂口安吾ほか著『ほろ酔い天国』(河出書房新社)。41人の酒のエッセー。

中日新聞 東京新聞
2018年9月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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