『カトク 過重労働撲滅特別対策班』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
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『対岸の家事』
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[本の森 仕事・人生]『カトク 過重労働撲滅特別対策班』新庄耕/『対岸の家事』朱野帰子
[レビュアー] 吉田大助(ライター)
三年前のクリスマスに起きた新入女性社員の過労自殺をきっかけに、電通は厚生労働省による強制捜査を受け、違法な長時間労働の実態が白日のもとになった。政府が進める働き方改革にも影響を与えた、一連の捜査を担当していたのは、東京労働局内に二〇一五年四月より設置された特別チームだ。新庄耕の『カトク 過重労働撲滅特別対策班』(文春文庫)は、その実在するチーム名をタイトルに据える。
カトクの捜査対象は、大手企業だ。売上げ一兆円規模の住宅メーカー、巨大広告代理店、IT系企業。部下に長時間労働を強いる上司や上層部と共に、それを積極的に受け入れる末端社員の心情も描くことで、問題の根深さを立体的に表現している。ただし、その辺りはブラック企業問題を逸早く文学化したデビュー作『狭小邸宅』でも記されていた。本作のポイントは、カトクの一員である城木が、職務から一歩踏み込んだ形で当事者へと繰り出す弁舌だ。「死ぬほど働くと、ひとは死ぬんです。死ぬほどがんばってはいけないんです」。前職で大きな悲劇に直面し自らも「働くこと」に悩み続けた彼だからこそ、生み出せる言葉がある。最終第四編では、社会貢献のためというお題目を免罪符に、社員に犠牲を強いる経営者と戦う。全ての働く人々が、武器とすべき言葉が詰め込まれた一冊だ。
世に流通する「社員は家族だ」という物言いは、案外怖い。「家族だから大事にしなければいけない」という意味が、「家族なんだから無理を言っていい」へと容易にスライドする可能性がある。その怖さと理不尽を、朱野帰子は前作『わたし、定時で帰ります。』で、会社を舞台に真正面から描いていった。最新作『対岸の家事』(講談社)では、もう一つの長時間労働に光を当て、再びこのテーマの深掘りを試みる。
二歳の娘を持つ村上詩穂は、東京に暮らす今どき珍しい専業主婦だ。冒頭、娘との二人きりの毎日の中で言語能力が低下し、児童支援センターで会った「大人」との会話がうまくできない描写に、心が痛んだ。彼女の仕事は家事・育児。労働の対価はないし、分かりやすい「生産性」はカウントできない。多忙な夫は妻の仕事に対する見積もりが甘く、周囲のワーキングマザーからはラクをしていると距離を置かれてしまう。そんな彼女に、少しずつ語り相手ができていく。環境を切り開いたのは、「のんき」と評される彼女の、実はとびきりタフなメンタリティだ。同じような悩みを抱えた隣人に彼女は言う、「どこかに助けてくれる人が必ずいますから」。そして、「あなたの寂しかった日々が、誰かを助ける日が来ますから」。始まりは苦々しいが、読めば必ず温められる。家族のために、家の仕事を頑張っている人々の見えない連帯の輪を、脳裡に思い描けるようになる。