[本の森 ホラー・ミステリ]『深夜の博覧会』辻真先/『パズラクション』霞流一

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深夜の博覧会

『深夜の博覧会』

著者
辻真先 [著]
出版社
東京創元社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784488027902
発売日
2018/08/22
価格
2,420円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

パズラクション

『パズラクション』

著者
霞流一 [著]
出版社
原書房
ISBN
9784562055944
発売日
2018/08/20
価格
2,090円(税込)

[本の森 ホラー・ミステリ]『深夜の博覧会』辻真先/『パズラクション』霞流一

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

 名探偵皆を集めて「さて」と言い――なる言い回しが浸透するくらい、クライマックスで探偵役が関係者を集めて推理を披露し、真相を暴いていくという展開は、ミステリ読者にとってなじみ深い。今月の二冊も、このパターンを用いている。従来とは異なる意味合いで……。

 辻真先『深夜の博覧会』(東京創元社)は、副題の“昭和12年の探偵小説”が示すように、第二次世界大戦に進みつつある日本を舞台にしたミステリである。昭和一二年の春に開催された『名古屋汎太平洋平和博覧会』の会場に隣接する黒い建物、慈王羅馬(ジオラマ)館が主な舞台だ。博覧会を取材するため東京から訪れた帝国新報の記者である降旗瑠璃子と、絵の才能を買われて同行することになった那珂一兵は、館の主の招きで、慈王羅馬館の驚嘆すべき目くらましの数々を体験することになる。一方、彼等が名古屋に滞在している間のこと。二人の地元の銀座では、奇っ怪な事件が発生していた。血の雨が降ったのだ。比喩ではなく、切断された人の足から滴る血の雨が……。

 まずは慈王羅馬館が魅力的である。この館に配置された目くらましの、なんとどぎつく、なんと思慮深いことか。猟奇と狂気が冷静な計算の下に並べられている。那珂一兵たちがこの慈王羅馬館のなかを進んでいく場面は、それだけで十分愉しい。さらに慈王羅馬館の周囲の設定も秀逸だ。館の主の過去や交友関係などが、昭和一二年という時代背景を適切に反映していて、満州への移民政策も語られれば、甘粕正彦も顔を出し、当時の空気の危うさ――平成の現代から振り返るからこそ明々白々な危うさが――その時点での皮膚感覚で描かれていて、怖さを感じさせる。そのうえでのミステリとしての大仕掛けだ。那珂一兵少年が関係者を集めて真相を暴くのだが、それは意外性に富むと同時に重い。そんな推理を披露する役割を担った一兵の心境や、彼ならではの気付きも終盤で語られており、こちらもしっかりと味わって戴きたい。幼き日に名古屋の博覧会を実際に訪れた著者による生々しいミステリを、ご堪能あれ。

 霞流一『パズラクション』(原書房)はなんとも破天荒なミステリだ。犯人の視点で犯行が描かれていくという意味では倒叙もののスタイルなのだが、実際には全く異なる。主人公による犯行の直前に、あるいは犯行完結後に思わぬ事態が出来し、主人公が困惑してしまうのだ(たとえば想定外の密室が完成してしまう)。だが、主人公とその仲間は困惑を乗り越え、新たなる真相を、自分たちを容疑圏外に置く真相を求めて知恵を絞る。何度思わぬ事態にぶつかろうとも、それを乗り越え、最終的には、警察を含めて関係者を集め、事件の真相を語る側に回るのだ。知恵と腕力が高次元で融合した破格のミステリである。脱帽。

新潮社 小説新潮
2018年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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