『グッバイ・クリストファー・ロビン』 アン・スウェイト著

レビュー

6
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グッバイ・クリストファー・ロビン

『グッバイ・クリストファー・ロビン』

著者
アン・スウェイト [著]/山内玲子 [訳]/田中美保子 [訳]
出版社
国書刊行会
ジャンル
歴史・地理/伝記
ISBN
9784336062604
発売日
2018/08/24
価格
2,916円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『グッバイ・クリストファー・ロビン』 アン・スウェイト著

[レビュアー] 宮部みゆき(作家)

世界的児童文学の影に

 この一文を書き始めたとき、「クリス」まで入力すると、パソコンが「クリストファー・ロビン」という変換候補を出してきた。この名前の利発で愛らしい男の子と、クマのプーさんと愉快な仲間たちの世界を創造したイギリスの作家A・A・ミルンは、彼から見たら地の果てのような極東の島国にも自分の作品が周知され、これほど深く愛されていることを知ったら、はたして喜んでくれるだろうか。

 「だろうか」と書いてしまうのは、成功した劇作家であり詩人であったミルンが、『クマのプーさん』『プー横丁にたった家』という二冊の児童文学作品によって得た世界的な名声を少なからず不本意に思っていたと、本書が残酷なほど率直に明らかにしているからである(児童向けには二作の他に詩集もあるが、我が国ではそれさえほぼ忘れられている)。

 ミルンの苦悩は、作中のクリストファー・ロビンのモデルとなった彼の息子の苦悩でもあった。E・H・シェパードによる素晴らしい挿絵の魅力もあって不朽の「理想の男の子」化されたクリストファー・ロビンと、その作者の父親ミルンの落とす長い影のなかで、生身のクリストファー・ロビンは、他の男の子たちにとってはごく普通のことである「大人になる」ために、不当に苦しまなければならなかった。口絵にあるクリストファー・ロビンの写真と、挿絵のクリストファー・ロビンはあまりにもそっくりで、それがもう本当に幸せな虚実の組み合わせに見えることも皮肉である。

 ミルンの伝記の決定版として名高い本書は、ミルン父子が長い葛藤の末にこの虚実と和解してゆくことまで記してくれている。だから安心して読んでいただきたいが、私自身は、遠い昔の子供時代に初めて『クマのプーさん』を読んだとき、可愛(かわい)くて楽しいこのお話に、かすかなもの悲しさを憶(おぼ)えたことを懐かしく思い起こしてしまった。山内玲子・田中美保子訳。

 ◇Ann Thwaite=英国の著名な伝記作家。ロウハンプトン大学(国立児童文学研究センター)名誉会員。

 国書刊行会 2700円

読売新聞
2018年9月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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