大正期“天下の奇書”『東遊記』に勝るとも劣らぬ不羈奔放な想像力

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東遊記

『東遊記』

著者
武内 涼 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041064481
発売日
2018/07/27
価格
1,836円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

大正期“天下の奇書”『東遊記』に勝るとも劣らぬ不羈奔放な想像力

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

『東遊記』といえば、わが国の大衆文学の揺籃期、大正十一年に白井喬二が発表した天下の奇書。

 同じ題名ではあるものの、本書がまったくの別物であることを、まず、作者の名誉のために一言、記しておきたい。

 だが、その不羈(ふき)奔放な想像力は、白井喬二に負けてはいない。

 物語は、唐の時代、いったんは封じ込められた妖魔の王・蚩尤(しゆう)が目ざめようとしていた。それを阻止するには、封印されていた蚩尤の二つの眼を、東の果て、すなわち、日本の霊峰、富士の火口に投げ込むしかないという。

 その行手に待つものは、黒屍魔王(こくしまおう)をはじめとする、出るわ出るわ、さまざまな妖怪たち――。

 この危険極まりない旅に出る運命を従容と受け入れたのは、長安の饅頭売りの娘・海燕(ハイエン)。そして彼女に従うのは、日本からの留学生・橘逸勢(たちばなのはやなり)、峨眉山(がびさん)の地仙・鉄冠子(てっかんし)の弟子・馬(マ)童子、青龍偃月刀(えんげつとう)を使う隻眼の武人・呂(りょ)将軍、さらには御存じ空海といった面々。

 彼らと妖怪たちとのバトルの面白さはもちろんだが、敵も味方もそれぞれ、今日に至るまでのバックボーンが描かれ、多彩かつ彫りの深い像を結んでいる。また、海燕らが旅に出ている最中に人間同士の醜い謀反が起こり、妖怪と対比されるあたりはさすがである。

 平成十一年、島津書房から復刊された白井版『東遊記』巻末の福田久賀男解説によれば、『東遊記』と名の付く作品は「橘南谿(なんけい)とリュブルックのそれと、もう一冊、中国明代の呉元泰の作」がある、と記している。

 が、作者は、本当に白井喬二版を読んでいなかったのだろうか。何故なら、蚩尤の眼を投げ込まねばならないのは富士――さて、白井喬二の最高傑作であり、中里介山の『大菩薩峠』と並ぶ文学史上の名作は『富士に立つ影』ではないか。思わずニヤリとさせられる。伝奇小説好きにはたまらないですぞ。

新潮社 週刊新潮
2018年10月11日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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