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奇術とミステリ――両者は古くより縁が深い
[レビュアー] 若林踏(書評家)
奇術とミステリ。人々を欺き、驚かせる精神を持つ両者は古くより縁が深い。
自身も奇術師であった泡坂妻夫は、巧みなミスディレクションと魔術の如きトリックを仕込んだ謎解き小説で読者を魅了し続けた。奇術ショウの最中に女性が消え、離れたマンションの一室で死体が見つかる謎を描いた第一長編『11枚のとらんぷ』(角川文庫)を読めば、その徹底したこだわりが分かるだろう。
奇術師のパフォーマンスに、天才的な犯人との知恵比べを重ね合わせる作家も多い。ジェフリー・ディーヴァーは『魔術師(イリュージョニスト)』(上・下巻、池田真紀子訳、文春文庫)で早変わり、脱出劇といった技を駆使し殺人を遂行する犯罪者と、四肢麻痺の科学捜査専門家リンカーン・ライムの火花散る頭脳戦を描き、現代に怪人対名探偵の物語を蘇らせた。
そしてまた一つ、華麗な奇術ショウを彷彿とさせる謎解き小説が現れた。ジョン・ヴァードン『数字を一つ思い浮かべろ』(浜野アキオ訳)である。
「1000までの数字のうち、どれかひとつを思い浮かべよ」。マーク・メレリーのもとに届いた一通の手紙。指示通りにメレリーはランダムに「658」という数字を思い浮かべた。添えられた封筒を開けたメレリーは、そこに書かれた文面に驚愕する。「おまえが選ぶ数字はわかっていた。658だ」。気味の悪さを覚えたメレリーは、大学時代の友人で元敏腕刑事のデイヴ・ガーニーに助けを求める。
初(しょ)っ端(ぱな)から不可能性に満ちた謎を投げかける本書は、その後も第二の数字当て魔術、奇怪な足跡が残された雪上の殺人事件へと発展していく。徹頭徹尾、奇術趣味に溢れた謎を盛り込んでいく姿勢は、近年紹介された謎解き趣向を持つ海外作家の中でも、ひときわ異彩を放つ存在だろう。
本書はガーニーという探偵役の魅力を堪能する物語でもある。ちりばめられたピースを集め、整理していくガーニーの捜査場面はトリックよりもロジックを重んずる読者も満足させるはず。名探偵小説としても文句なしの出来栄えだ。