【特集 今村翔吾の世界】第十回角川春樹小説賞受賞記念対談 今村翔吾×東えりか
[文] 東えりか(書評家・HONZ副代表)
第十回角川春樹小説賞受賞作『童の神』がいよいよ発売です! 今年の受賞者は、「羽州ぼろ鳶組」シリーズ(祥伝社文庫)、「くらまし屋稼業」シリーズ(ハルキ文庫)などでも活躍中の今村翔吾さん。応募時の想いや本書の魅力に迫る、特別対談をお届けします。
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登場人物たちに導かれて。
東えりか(以下、東) 角川春樹小説賞ご受賞おめでとうございます。受賞の報を聞いたときに、最初に何を想いましたか?
今村翔吾(以下、今村) あるお墓に詣でなくては……、ということでした。応募したときにも「書かせてもらいます」と頭を下げて許していただいたのでまず報告しなくては、と思いました。
この小説は登場人物である「彼ら」に書かせていただいたとしか思えへんぐらい、自分でも何の迷いもなく最後まで書けたんです。導かれたのだと思っています。
東 最初は「童」という字が気になったと聞きましたが。
今村 子供のダンスを指導していたとき、ふと「童」の語源って何やろ? と調べたんです。そしたら子供の意味とは真逆の奴隷的な意味合いが出てきて「なんでこうなったんや?」と探っていくうちに、平安時代に辿り着いたんです。ひとりの人物を思いついたとき全ての物語が頭の中にバァーッとつながりました。これは書ける、誰もやってないすごい物語になる、と確信がありました。
平安時代の歴史は空白の部分が多いので、残された伝承を全部拾い、史実と組み合わせることで面白い小説ができると信じ、取材をすごく頑張りましたね。
東 大本は御伽草子の世界ですものね。
今村 大枠のストーリーと最後のシーンが浮かんだ次に、頭に飛び込んできたのは、皆既日食のことやったんです。平安時代の京の人は日食をどう思うたんやろと考えながら、前後の事件や事象を当てはめると、ほんま上手いことどこともぶつからずに櫛が通るような感じできれいに組み合いました。不思議でした。
東 安倍晴明が出てくる小説はたくさんありますが、今回はかなり違った人物像ですね。
今村 当時の京では滝夜叉という盗賊団が跋扈していたという記録があり、御伽草子には平将門の娘がその一員やったと語られています。滝夜叉の頭目である皐月という女性と晴明を組み合わせると物語が動きだしました。当時、どうやら外国から佐渡に流れ着いた人がいるという史料も見つかりました。どこの人だろうと中国の歴史を調べると粛慎という民族が故郷の土地を追われて各地に逃散したとあるなどと、自分の想像力が搔きたてられるエピソードが集まってきました。
東 絵本や童話では源頼光の四天王の話はよく書かれていますし、歌舞伎や文楽ではおなじみです。むしろこの小説のほうがリアルな存在として感じられました。
今村 「童」を朝廷の敵の「鬼」、いわゆる異民族として書こうと思ったとき、ただの盗賊にしては伝説や伝承があまりにも壮大だと感じました。彼らは何を目的として朝廷と戦うのか。それをテーマに据えたときにはほとんど物語は出来上がっていました。
東 なるほど、「鬼」から見た歴史ということになりますね。
今村 そこは北方謙三先生の『水滸伝』の影響があります。稗史はおとぎ話のようになっていますが、「あったかもしれない」というところまで落とし込んでいく作業は主人公との対話でした。心の部分を書くときは「お前はどう思う?」と聞き手役に乗り移っていたと思います。
東 史料が少なくてよかったことはありますか。
今村 文献の中に見つけた「禁中災」の一文から膨らませられたのも平安時代だからです。内裏内に何事かの災いが降りかかった直後に天皇が目の病気になる。藤原氏の勢力争いも激しくなっていた。そういう史実によって物語が厚みを増します。袴垂の兄、藤原保昌の妻は実は和泉式部といわれているんですが、これは書かないことにしました。史料がないからこそ求めすぎないのも大事です。
桜暁丸が私に自信をくれた。
東 小説を書き始めて何年くらいですか。
今村 二年半です。
東 なんと短い! では文学賞に応募したのも最近なんですね。
今村 最初の作品が北方先生も選考委員だった「九州さが大衆文学賞」の受賞作です。今思うと改行もせんし、章立ても段落もないひどい原稿でした。面白いけど、こんな作品を応募してきたのはどんな人間なんだ、と授賞式前はざわついていたそうです。
東 ずいぶん変わった職歴ですね。ダンスのインストラクターとか作曲とか。
今村 父親が始めたダンススクールでヒップホップや若者向けのブレイクダンス、子供たちにはよさこい踊りを教えたりしていました。跡を継ぐもんやと思っていたんですけど、いつか小説を書きたいという願望もあって、三十歳を過ぎたときに、父に人生で一回勝負をしたいと切り出し、五年の猶予をもらいました。幸い二年半で目途がつきましたが、周りは「正気かこいつ」って思っていたみたいです。全く根拠なく、俺はやれる筈やって自分に言い聞かせていましたね。
東 小説を書くために習ったりされました?
今村 完全な独学です。さすがに原稿用紙の使い方だけは本を一冊読みましたけど。私は読書が好きで好きで、小説雑誌を年間購読するほど読み込んできたんです。語彙や言い回しは読んでいたことの蓄積でした。あれは無駄になってなかったんやって思いました。
東 『童の神』を書くにあたって、何か特別なことはしましたか。
今村 まず舞台になる場所に行きました。そこの景色を見れば物語の最後の答えが見えるだろうと思って。地元の人に朝の四時に行けと教えられ、その時間に行くと見事な雲海が見られました。郷土史を読むと川が赤く染まっていることが書かれていて、史跡の発掘では大きな鉄の柱跡が出てきていること、ニッケルが採れることを知りました。次々と舞台にする場所を訪ね、郷土史を調べました。
東 構想から書き出すまでどのぐらいの時間をかけました?
今村 ひと月ぐらいですかね。
東 ええーっ、これまた早い。
今村 猶予は五年しかないんで、遊んでる時間はなかったんですよ。当時は発掘調査の仕事をしていましたが、それ以外は執筆に使いました。仕事先でも本を紹介してもらったり、実際に発掘され保存されたものを見せてもらったり。現場や実物は、史料ではわからない何かが流れ込んでくる感じがあるんですよね。
東 この物語の中で「これは作ろう」と思ったキャラクターはいますか?
今村 うーん、毬人かな。モデルはカストロなんです。桜暁丸はゲバラやろうな。ゲバラは建国をしてカストロを残してまた戦いに行ったけれど、その建国した国があかんかったらカストロってどうなんねやろって思ったとき、毬人のような道を選んだかもしれないと考えました。自分の国に根を張る人間として桜暁丸の対となる存在にしたかった。
東 女性に関してはどうですか?
今村 初めてキスシーンを書いたんですけど、恥ずかしくて。そのあと、この時代にキスってあるのかと調べたらギリギリありました。
女性に関しては差別ではなく男性の弱さと女性の弱さの違いを出したかった。そのうえで皐月にも葉月にもピュアさを持たせたいと思いました。よく男の方がピュアって言われますが、皐月の年齢までピュアでいてほしいのは私の願望かな。
東 一番興が乗って書いたところは?
今村 最後のシーンです。何も考えんと、自分でも泣いて書いてましたね。桜暁丸が最後に一人ずつ別れを告げて刀とも別れを告げて、というシーンは私との別れでもあったんです。桜暁丸は初めて私に自信をくれた人物です。最後に彼が戦いに向かうとき、私にも別れを告げてくれた感じもありましたね。
東 敵方の四天王たちも魅力的です。
今村 四天王も後世の武士とちょっと違う、武士が武士ではない時代です。彼らは自分たちがまだ何者か解ってない。一兵士でもあり貴族的な感覚も強い。多分葛藤もあった筈なんですよね。
東 この小説は人間の成長だけでなく平安時代の政治の変遷も詳しく書いています。藤原氏が隆盛を誇る時代ですね。
今村 私は滋賀県に住んでるんですけど、昔から悪く言われていた石田三成が再評価されていますよね。やたらといい人に描かれると「どっちもあるのが人間なんじゃないの?」って思うんです。朝廷や京人側を単なる悪人に書かないことを肝に銘じました。
東 坂田金時の苦悩はどうですか。
今村 金時つまり金太郎はお母さんが山姥だってよう言われます。鬼と同じ異民族なのになんで大江山で鬼と戦ったんやろと思うと、物語が繫がっていきました。金時の存在は桜暁丸が辿ったかもしれない「もう一つの人生」です。
東 大軍の戦うシーンは大迫力ですが、絵図を描くんですか?
今村 全て自分の頭の中の地図だけです。上から俯瞰してるイメージで。ここにも北方水滸伝が影響していると思います。
東 ほかに影響された作家はどなたですか。
今村 池波正太郎先生のように魅力のある人物を書きたい。司馬遼太郎先生の順序だてのよい地の文のように。そして女性の柔らかさや情緒的な場面では藤沢周平先生みたいに、とイメージだけはあります。
東 今回の小説はいわゆる「差別」を書かれているわけですが、読者に対するメッセージはありますか?
今村 私は関西の出なんで、そういう教育は多かったんですよ。学校で「差別はダメだよ」と教育はされるのに、生活には差別がいっぱいある。教育じゃ何も変わらないなら『童の神』の彼らのように動くことなんじゃないかと思います。最初はちっちゃなコミュニティから始めることができれば、と。
歴史小説、時代小説が一番好き。
東 昨年『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』(祥伝社文庫)でデビューされましたが、すでに六巻。すごい人気です。ハルキ文庫でも新しい『くらまし屋稼業』のシリーズが始まりました。
今村 基本的には歴史小説、時代小説が一番好きなジャンルなのでそこで勝負していきたいと思っています。「ザ・歴史小説」も書きたいし江戸の市井ものの時代小説も並行して書いていきたい。私は一作に集中するタイプじゃなくて何本か並行して書いているんです。書き出しから二~三時間が楽しいので、そこで止めて次のを書き始めるとまた楽しい。今は毎日楽しくてたまらない。
東 エンターテインメント小説家の鑑ですね。
今村 書いてるときは「これ面白いん違うか」って興奮しているんですが、書き終わってふと冷静になると不安になります。その繰り返しです。私が最初にお会いした作家が北方先生で、そのとき「作家は毎日これだけ書かなきゃいけないんだぞ」と言われた枚数を、私は「その倍書いてみせます」って言い返したんですよ。でも今は最低枚数を上げすぎたーっ、辛いーって(笑)。