「タカラジェンヌ」というドラマ

レビュー

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銀橋

『銀橋』

著者
中山 可穂 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041057179
発売日
2018/09/21
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

「タカラジェンヌ」というドラマ――【書評】『銀橋』中本千晶

[レビュアー] 中本千晶(演劇ジャーナリスト)

 タカラヅカには舞台上で演じられるドラマの他に、もう一つ濃密なドラマがある。それは「タカラジェンヌの生き様」というドラマだ。

 期間限定、いつかは退団するという宿命を帯びたタカラジェンヌは、その限られた時を全力で走り抜ける。そのスピードは普通の人の三倍だと聞いたこともある。

 昨今はトップスターになるまでの間にも劇的なドラマが求められ、順風満帆な人より紆余曲折ある人に人気が出てしまう傾向さえある。だが、ドラマがあるのはトップスターに限らない。タカラジェンヌが十人いれば十人十色のドラマがあり、ファンはこのドラマにも興味津々である。

 このドラマを描く小説家が出てきたら面白いのにと思っていただけに、中山可穂さんの宝塚シリーズ第一作『男役』を読んだときは「いよいよ来たか!」と思ったものだ。

 中山さんの作品は、「タカラヅカあるある」ネタを鏤めつつ程よく生々しく、でも決してドロドロし過ぎない。そしてほんの少しだけ、笑っちゃうぐらい「あり得ない設定」が混ぜ込まれている。そのサジ加減が絶妙だ。登場人物も全て架空の存在だが、ところどころに実在のスターを想起させるエピソードが鏤められ、「これはもしかして××さんがモデル?」との妄想が広がるのも楽しみである。

『男役』『娘役』に続くシリーズ三作めとなる『銀橋』では、専科にスポットが当てられているのが嬉しい。「専科」とは、タカラヅカの五組とは別にある遊軍的な集団だ。主に芸達者なベテランが所属し、各組に特別出演して重要な役どころを演じる。

 本作でまず登場するのは、もともと演劇少女だったのが専科に憧れてタカラヅカに入ってしまったという、ジェリコこと鷹城あきらである。容姿に恵まれ華もあり劇団から「路線」を期待されるのに本人は無欲の実力派志向。実際にはそういう人はなかなかいない気もするが、もし本当にいたら私などはきっと応援してしまうと思う。

 ジェリコの憧れの存在が、アモーレさんこと愛河凛。専科に所属し「宝塚の至宝」と称される名脇役だ。このアモーレさんが物語の後半の鍵を握るキーパーソンとなっていく。

 そして、『男役』以来の人気キャラクター、実在のトップスターを何人か掛け合わせたような強烈な魅力を持つレオンこと花瀬レオが、いよいよトップスターに就任する。トップ娘役は「組子全員が萌え死ぬ」ほど可愛いという期待の娘役、みずかこと早桃水香。シリーズの愛読者としては、まるで長年応援して来たご贔屓が満を持してトップになり、理想の相手役を得たときのような感慨を覚えることだろう。

 やがて、レオンとみずかのトップコンビお披露目公演『薔薇よりも甘く』に向けて稽古の日々が始まる。この公演で専科のアモーレさんが卒業することも発表される。これがまた実際のタカラヅカの人気演目のエッセンスがうまく取り込まれ、実際のタカラヅカでやったらどういう配役がいいかしら?などと妄想が広がるストーリーである。

 月組トップのナッツこと永遠ひかる、花組トップの薔薇木涼、レオンと同期で元トップ娘役の野火ほたる、そしてレオンが崇拝する伝説のトップスター如月すみれなど、『男役』『娘役』でおなじみの人物も続々登場する。

 以前『男役』を読み終えたとき、タカラヅカという世界で私自身には見えていなかった部分を見てしまったような感覚に衝撃を受けつつ、その不思議な刺激に痺れた。本作を読んで、再びそのときの感覚が蘇ってきた。

 それは中山さんが構築する独自の世界であり、実際のタカラヅカではあり得ないフィクションである。だが、読み進めていくうちに、ここにも真実があるかもしれないという錯覚に陥りそうになる。まさに虚実皮膜。

 ああ、この人には私には見えないものが見えている。その羨望にも似た感覚の中で、中山さんにこのような世界を創造させてしまうタカラヅカの奥深さにも改めて打たれたのであった。

KADOKAWA 本の旅人
2018年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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