『地球星人』
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婚姻、性別、就労などのタブーに挑み続ける作者の“最凶”なる挑発
[レビュアー] 鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)
「私と夫の子宮と精巣は『工場』に静かに見張られていて、新しい生命を製造しない人間は(中略)働くことで『工場』に貢献していることをアピールしなくてはいけない」
『殺人出産』『コンビニ人間』といった作品で、性交、婚姻、出産、性別、就労などにおける数々のタブーに挑んできた村田沙耶香の最新刊は、作者史上でも最強(凶)と言っていいだろう。ここは、人間を「製造」する「工場」。人々は工場を回す「部品」にすぎず、この恐るべき世界では繁殖こそが“生産性”であるらしく、“生産性”なき者は迫害される。
小学生の奈月と由宇は自分たちが「ポハピピンポボピア星人」だと信じて結婚式を挙げ結ばれるが、大人たちに引き裂かれる。もともと奈月は家族から疎外され、男性教師に傷つけられていた。二十数年後、ふたりが再会する頃には、奈月は法的に結婚している。だが、その夫婦の実態は、「まともな」「ふつうの」「工場の」人々からすれば「許せない」ものであった。
村田は『殺人出産』で、「特定の正義に洗脳されることは狂気ですよ」と書いた。“ふつう教”という信仰がはびこり、不都合なものは見て見ぬふりをする世の中に、クレイジーな矢を放ち続けてきた。
最新作では特に終盤で、衝撃の事態が次々と起きる。読者の倫理観を逆なでしまくるだろう。だが、しかと心に留めていただきたい。作者がこのような行為を肯定、奨励しているのではないことを。差別に基づくこれと同等の迫害や虐待がこの現実世界でも起きているのではないか? そうした問いを、村田はあえて過激で挑発的な喩えで呈しているのだ。実際、共同体のしきたりや掟により、石で打たれ、生きながら焼かれる人々は今もいる。非道な言葉による暴力で死に追いこまれる少数者もいるのではないか。
本作が初出誌に発表されたのは、今年の四月だ。作者の先見に脱帽する。