“竜好き”には堪らない《グリオール》シリーズ

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  • 忘れられた巨人
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書籍情報:openBD

“竜好き”には堪らない《グリオール》シリーズ

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 子供のころ、ガネット『エルマーのぼうけん』三部作を読んで育ったせいか、小説に竜が出てくると今も無条件にわくわくする。

 2014年に世を去った鬼才ルーシャス・シェパードが30年にわたって書き継いだ《グリオール》シリーズは、そんな竜好きにとっても、ひときわ特別な輝きを放つ作品群。なにしろ、問題の巨竜グリオールは、全長1800メートル。数千年前、偉大な魔法使いの決死の呪文により心臓を止められ、動けなくなったが、なぜか生き延び、草木に覆われながらも、今なお周辺住民に影響を与え続けている。

 8月末に出た『竜のグリオールに絵を描いた男』(内田昌之訳)は、このシリーズ7作のうち、2003年までに書かれた4編を発表順に収録する作品集。巻頭の表題作は、巨竜の体に絵を描き、絵具の毒で殺してしまおうという数十年がかりの巨大プロジェクトの物語。続く「鱗狩人の美しき娘」は、グリオールの体内に生息する奇怪な生物群を研究する話。3編めの「始祖の石」では、殺人事件の被告が、犯行はグリオールに精神を操られたためだと主張、新米弁護士が証拠集めに奔走することになる。本邦初訳の「嘘つきの館」は、なんとも風変わりな異類婚姻譚。いずれもエキゾチシズムあふれる逸品で、残り3編の邦訳刊行にも期待したい。

 一方、ノーベル賞受賞で脚光を浴びたカズオ・イシグロの長編『忘れられた巨人』(土屋政雄訳、ハヤカワepi文庫)では、雌竜クリエグが吐く霧によって、ブリテン島の人々の記憶が失われてゆく。基本は歴史認識をめぐる象徴的なファンタジーだが、離れて暮らす息子を訪ねようと出発した老夫婦の旅に、戦士や少年や老いた円卓の騎士が加わり、物語はやがて竜退治へと発展してゆく。

 同じ竜退治のモチーフを本格ミステリと融合させたのが、上遠野浩平の《事件》シリーズ第1作、その名も『殺竜事件』(講談社タイガ)。不死身であるはずの竜が密室状況の洞窟で刺殺された謎に、戦地調停士が挑む。

新潮社 週刊新潮
2018年10月18日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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