【文庫双六】謎のまま残された未完のラスト――北上次郎

レビュー

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レジェンド歴史時代小説 見知らぬ海へ

『レジェンド歴史時代小説 見知らぬ海へ』

著者
隆 慶一郎 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784062932257
発売日
2015/11/13
価格
821円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

謎のまま残された未完のラスト

[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)

【前回の文庫双六】実は「三田文学」出身の“剣豪小説家”柴田錬三郎――梯久美子
https://www.bookbang.jp/review/article/559275

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 眠狂四郎シリーズがどういうふうに終わったのかはあまり知られていない。実に意外なかたちで終わっているのだ。

 その最終篇『眠狂四郎異端状』で清国に向かうために船に乗り、南支那海で冒険を繰りひろげるのである。この作品が興味深いのは、おそらくシリーズ最高傑作と思われる第六作『眠狂四郎無情控』の台詞が忘れがたいからだ。

「日本人町の面々が、軍船を組んで、押し寄せてくる図を、想像すると、柄にもなく、この冷えた血汐が、すこし熱くなって来そうだ」

 眠狂四郎といえばニヒリストヒーローの代表といっていいのに、そういう男が「すこし熱くなって来そう」と言うのだから尋常ではない。『眠狂四郎異端状』はそれを受けた最終篇なのである。もしもこのまま、南海の果てまで船が行ったのなら、眠狂四郎にはどんな人生が待っていただろうかと夢想する。狭い日本を飛び出せば、あるいはこの男の性格も変わってしまうかもしれない。明るくなった眠狂四郎は見たくないが、眠狂四郎の熱い物語は読んでみたい。このシリーズの先は読むことが出来ないので、それは謎のまま残されている。

 同様に謎のまま私たちに残された小説が、隆慶一郎『見知らぬ海へ』だ。

 武田氏滅亡のあと、徳川水軍の海賊奉行になった向井正綱の生涯を描く長篇で、隆慶一郎唯一の海洋時代小説である。海の戦闘を描く海洋描写が圧巻で、海を描いてもこんなに上手いのかと驚かされる。

 向井正綱は実在の人なので、どういう生涯を送るのか、どうやって亡くなるのか、それは明らかになっている。その意味では、眠狂四郎のラストのような謎はない。しかしその史実のなかに何を見るかで、小説は一変する。

 隆慶一郎なら、私たちの知らない向井正綱を作り上げたのではないか。著者の死で未完となったために、その謎が残されているのが悔しい。

新潮社 週刊新潮
2018年10月18日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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